ホーム > 新潮新書 > 新書・今月の編集長便り > 複雑な本ばかりです

新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

複雑な本ばかりです

 週刊誌の記者をやっていた頃に「週刊誌なんてゴミだ」「記者なんてカスだ」といった言葉を見聞きして悲しい思いをしたせいか、特定の職業などについて決めつける物言いはどうも好きになれません。最近では「官僚なんてダニだ」というような言葉を見聞きしますが、こういう単純な決めつけは嫌な感じがします。正確に言えば、こういう単純なことを言って、さも鋭いことを言った顔(最近の言葉でいうところの「どや顔」)をしている人が大嫌いなのです。
 ポジティブな物言いであっても、単純なものは怪しいと反射的に思ってしまいます。この数年、出版関連業界の一部では「電子書籍」について手放しで礼賛する言論をよく目にしました。何か「神」が降臨したかのような物言いでした。これもどこがどうとは言えないけれど何か怪しいと感じたものです。
 自分でどこがどうとは言えないあたりが情けないのですが、「そんな単純なもんじゃないよ」と教えてくれる本を昨年2冊(正確には3冊)読みました。
 一つは、『虚空の冠(上・下)』(楡周平・著)。大新聞とテレビ局を牛耳る日本のメディア王を主役に据えたこの小説の中に、電子書籍が重要なアイテムとして登場します。それは必ずしも全ての人を幸福にするものとしては描かれていません。その可能性とともに危険性がよくわかります。電子書籍を含めた現在のマスコミ全体の問題が、物語を楽しみながら頭に入る非常に面白い小説です。上下巻まったく飽きることなく読めます。
 もう一つが『「本屋」は死なない』(石橋毅史・著)。こちらは本屋さんを主人公にしたノンフィクション。人口百人の村で本屋を営む女性等、異色の書店や書店員を取材したもので、「紙の本」を「店頭で売る」ということの意味を改めて教えられます。

 せっかくお金を出して買っていただく以上は、単純な決めつけではなく複雑な視点を提供できるようなものを刊行していきたいと私たちは考えています。
 1月の新刊4点をご紹介します。
『反・幸福論』(佐伯啓思・著)は、稀代の思想家による痛烈な論考。「無縁社会の何が悪い」「人間はみな蛆虫である」等々、刺激的な言葉が全ての頁に詰っていると言っても過言ではありません。知らないうちに思考停止していたことについて、「本当にそうなのか?」と鋭い刃を突きつけられた気持ちになります。
『「常識」としての保守主義』(櫻田淳・著)は、これぞ教養新書という骨太の入門書。勝手に政治家に期待して、勝手に失望してしまう昨今の風潮に異を唱え、政治を見る「作法」を教えてくれます。この一冊を読んでおけば、どの政治家がホンモノで、どの政治家がニセモノかもわかってくるのではないでしょうか。
『世代論のワナ』(山本直人・著)は、「ゆとり世代はバカ」とか「団塊世代は勝ち逃げ」とか、巷にあふれる俗流の世代論のどこが間違いで、どういう害悪があるのかを実に丁寧に説いた一冊。読めば日々の不満や閉塞感の一部は確実に解消できるはずです。異なる世代の人を見る目が優しくなるのは確実。
『尼さんはつらいよ』(勝本華蓮・著)は、「俗世間の醜さに嫌気がさした妙齢の女性が仏門入りして……」というような、ドラマや小説にありがちな「尼さん像」が粉々に粉砕される「尼さん入門」。誰も知らなかった禁断の世界が明らかになります。
 いずれも単純な決めつけが好きな人には絶対にお薦めしない本ばかりだと、胸を張って言える内容です。
 今年も新潮新書をよろしくお願いいたします。

2012/01