新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

出版中止の本

 2月新刊の『「反原発」の不都合な真実』(藤沢数希・著)は、通常とは異なる流れで刊行に至った本です。もともとこれは他所の出版社から刊行されるはずの企画でした。
 それが新潮新書から、となったのは我々が強奪したからではありません。原稿もほぼ完成した時点で、その出版社が「出せない」という判断を下したのです。細かい理由は知りませんが、どうも「反原発の気運が日本中で高まる中、その流れに逆らうような本はちょっと……」ということで中止にしたそうです。タイトルからも想像できるように、この本は「本当に『反原発』『原発廃止』でいいのか? 原発を止めるリスクも冷静に考えてみましょうよ」というテーマの本です。確かに最近の空気、特にテレビ的な「世論」とはかなり異なるスタンスです。
 しかし世の中の空気に異を唱えるのは、出版社にとってはとても重要な仕事だと考えているので、喜んで新潮新書から刊行させていただくことにしました。原発に関する個人的な見解はさておいて、「絶対安全」という空気が支配したことの被害を日本中が受けている今、その逆をやってもしかたがないように思えるからです。私たちが直接エネルギー政策を決定することは出来ませんが、議論の材料を提供することは今すぐにでも出来ることです。
 先日、編集部の取材に来たジャーナリストの方と雑談していたら、次のようなことを仰っていました。
「私は個人的には石原慎太郎都知事を支持しない。けれども、『新・堕落論』のように石原都知事の考えがわかる新書が出ることはとてもいいことだと思う。自分と対立する意見の人の思考を知る材料になるから」
 とてもまっとうで、ありがたい意見だと思いました。

 他の新刊3点もご紹介いたします。
『明治めちゃくちゃ物語 勝海舟の腹芸』(野口武彦・著)は、「週刊新潮」の好評連載の新書化。小説やドラマでは美化されがちな明治維新の実態はどうだったのか。教科書には載っていない新政府の「めちゃくちゃ」ぶりがよくわかる一冊です。政権交代と混乱はセットになっているようです。
『ひとりで死んでも孤独じゃない―「自立死」先進国アメリカ―』(矢部武・著)は、アメリカの老人たちの生活を丹念に取材したルポ。「孤独死」が問題になっている日本とはかなり様相が異なり、彼らの多くは「年を取ってから家族と暮したいとは思わない」と考えて自立した生活を送っています。虚勢でも何でもなく、彼らはそれで幸福な老後を送っているのです。どのようなシステムがそれを可能にしているのか。日本のこれからと自分自身の老後を考える上で重要なヒントが詰った一冊です。
『死ぬことを学ぶ』(福田和也・著)は、2009年末に刊行されて10万部を超えるベストセラーになった『人間の器量』の続編的な内容。政治家、実業家、軍人、作家、学者等々、様々な人の「死にざま」を追い、想いをめぐらせた福田さん流の「死に方読本」です。といっても重苦しい本にはなっていません。乃木希典、和辻哲郎、西田幾多郎、芥川龍之介といった歴史上の人物から、江藤淳、見沢知廉といった著者にゆかりのある人たちまで、豊富なエピソードが詰っており、しみじみと、でも一気に読めるものになっています。

2012/02