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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

森喜朗元総理の話

 日本代表の活躍もあって、これまでにないほどラグビーが盛り上がっています。かなり浮かれ気味という感じです。ラグビーW杯の開催が決まった頃は「なぜ日本で?」「なぜ今?」といったムードが強かったと記憶しています。しかし今はそんな感じはありません。
 思えば東京オリンピックもそんな感じだった気がします。招致段階での「なぜまた?」「なぜ今?」という消極的な声は、開催が決まると吹き飛び、さらに残ったアンチの声も開催が近づくにつれて無視されていっています。きっと来年はみんなで盛り上がるのでしょう。
 この様子を見ていて、ふと、「我々日本人は森喜朗元総理の掌の上で踊らされているだけの存在なのではないか」という考えが浮かびました。どちらのイベントでも森元総理がかなり中心的な役割を果していたような気がします。そして当初は「老害」とか「ラグビー部出身だからってごり押しするんじゃねえよ」という感じの批判が聞こえてくるのですが、いつの間にかお祭りムードが勝ってしまうのです。
 そういえば、ITという言葉を一般に広めてくれたのも森元総理でした。イットではなくてアイティーと読まないと恥をかくぞ、ということを身をもって教えてくれたのですから。
 惜しむらくは、あらゆる功績が本当に森元総理の尽力によるものなのか、我々には確信が持てないところでしょうか。すみません。

 10月の新刊『老人の美学』は、森元総理よりも3歳年上、先日85歳になった筒井康隆さんによる「最初で最後、最強の老年論」。意外なことに、そもそもこうした老年論はこれまでまとまった形で発表なさったことはないそうです。
「老化によって、言動、言説など生活態度や見た目や立ち居振舞いがみっともなくなることを避ける、実際的な知恵」(「はじめに」より)がたっぷり。もちろん、筒井さんだけに凡百の「老人論」とは異なり、毒や笑いもあり、老若男女が頷きながら楽しめる内容になっています。

 他の新刊3点もご紹介します。

君主号の世界史』(岡本隆司・著)は、「天皇」「王」「皇帝」といった君主号を軸に世界史を読み直すという試み。なぜチャールズ「王子」ではなく「皇太子」なのか。こんな素朴な疑問に答えながら、世界史の流れをおさらいしてくれます。個人的に苦手意識のあった世界史の流れが驚くほどスッキリわかりました。「学び直し」をしたい方にも強くお勧めします。

近代建築そもそも講義』(藤森照信大和ハウス工業総合技術研究所・著)は、「建築探偵」こと藤森先生によるトリヴィア満載の近代建築入門。洋館など各地に残る古い建築物巡りが好き、という方にはたまらない内容です。普通に私たちが使ったり出入りしているような建物の見え方も変わってくると思います。

騙されてませんか―人生を壊すお金の「落とし穴」42―』(荻原博子・著)は、経済ジャーナリストの荻原さんが保険、投資、老後、相続等々の「一見うまい話」の落とし穴を教えてくれる1冊。2%の消費増税のことばかり話題になりがちですが、それ以外に見落としていることがいかに多いか、気づかされます。この本で、増税分の損はカバーできるはず、です。

 老人と言われる日もそう遠くない気がしてきた今、騙されず、老害と言われないように心がけていきたいと考えております。
 10月も新潮新書をよろしくお願いします。
2019/10