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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

謎が解ける話

 本を読むことで長年の謎が解ける瞬間があります。8月刊『ジャニーズは努力が9割』(霜田明寛・著)も、そんな瞬間をくれた1冊でした。自身ジャニーズ入りを目指した時期もあるという著者が、スターたちの成功の秘密を「努力」というキーワードで読み解いて行きます。さらに、彼らを見出したジャニー喜多川さんの「育てる力」を多角的に分析。
 数多のプロダクションの中で、ジャニーズ事務所が突出して男性アイドルを輩出しているのはなぜか。今は亡き「噂の真相」的な観点では、「圧力」とかそういう解釈になるのでしょうが、それでは到底説明できません。
 また、売れている人を見ると必ずしも見た目が突出しているわけではないこともあります。では彼らはなぜ伸びて行ったのか。
 著者は過去の膨大なインタビュー記事やテレビ、ラジオでの発言をもとにこうした疑問に答えていきます。素材はジャニーズですが、手法はかなりオーソドックスな学問的なアプローチです。それだけに説得力があり、とても面白い読み物になっています。
 なお、もともとこの本は8月刊の予定で進めていましたが、ジャニー喜多川さんが他界されたので、少しだけ発売日も早めました。決して便乗して出したものではありません。

 他の3点もご紹介します。

英国名門校の流儀―一流の人材をどう育てるか―』(松原直美・著)も、個人的に抱えていた謎に答えてくれました。英国の小説を読んでいると、学校での演劇の場面が描かれることがあります。要は学芸会なのでしょうが、どうも日本のそれと比べて気合の入り方が違う。なぜこんなに真剣にやっているのか。何となく気になっていた疑問が、この本を読むと氷解しました。
 名門のパブリックスクールでは演劇を極めて重視しているそうです。シェイクスピアを生んだ国柄というのもあるでしょうが、それ以上に生徒に演劇という文化を教え込むことの意義を感じているからでしょう。政治家にある種の芝居っ気が必要なことは、最近の選挙でもよくわかります。エリートを育成するためには、こうしたことも教養の一つだと位置付けているのです。名門校の徹底したエリート教育には感動すら覚えました。

野球消滅』(中島大輔・著)は、野球好きならば読んでおいたほうがいいでしょう。なにせこのままの状況が続くと、そう遠くない将来、プロ野球は崩壊する、というのです。ただでさえサッカーなど他のスポーツに侵食されているのに、野球界は旧態依然としたシステムを変えようとしていません。
 子供に野球をやらせるとなると、親の経済的、時間的負担は大変なことになるそうです。これでは野球人口の裾野が広がるはずがありません。意外と「野球界」全体に着目した本は少なく、この本は貴重な視点を提示しています。著者が指摘する問題点に対して、野球界の危機感はまだ薄い感じがして、そのへんは野球好きとしては謎というか怒りを感じます。

秋吉敏子と渡辺貞夫』(西田浩・著)は、日本のジャズ界を作った2人の巨人の物語。特筆すべきは2人の他、数多くのレジェンド的なミュージシャンにもインタビューをしており、貴重な証言を数多く掲載している点です。海外で学び、修業するジャズ・ミュージシャンは今では珍しくありませんが、この道を切り拓いたのも秋吉さんと渡辺さん。そしてそれぞれ89歳、86歳となった今なお現役で演奏活動をしているのです。戦後ジャズ史として、また人間ドラマとしても読みごたえがあります。

 いまさらジャニーズには入れませんし、モテもしないでしょうが、努力はしなければならないと思っています。
2019/08