新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

地雷の話

 入社した頃、気を付けるべき表現といえば、主に差別用語くらいで、あとはたいして無かったような気がします。差別用語とされるものにしても、新聞やテレビよりもずいぶんルーズというか基準はゆるく、それでもさほど問題はありませんでした。
 様子が変わってきたのは、ネットが普及し、また「政治的正しさ」的な考え方が広まってからでしょう。外に向けての表現はもちろんのこと、社内での物言いも、よく言えば真面目でおとなしいものになってきました。
入社1年目、初めて行った出張で、先輩に「君はこの仕事に向いていないから早く辞めたほうがいい」旨を言われた覚えがあるのですが、たぶん今はこういう発言はNGでしょう。
 そういう風潮に違和感はあるものの、一方で昔のようなセンスで過ごしていたら地雷を踏むということはよくわかります。

 12月新刊『地雷を踏むな―大人のための危機突破術―』(田中優介・著)は、そんな現代社会を生きるすべての人にとっての必読書です。企業向けの危機管理コンサルティングを行っている著者は、現代の地雷の特性を「勝手に増殖し、移動すること」と指摘しています。昔は「あれを言ってはいけない」「これをやってはいけない」という基準がわかりやすかった。つまり地雷の敷設地図があった。しかし、昨日の地図が今日には通用しなくなっているのが現代だ、というのです。
 そんな地雷だらけの世の中をどう生きるか。万一踏んだ時に、どれだけケガを軽くするか。実践的な知恵が詰まった1冊です。

 その他の3冊もご紹介します。

わが子をAIの奴隷にしないために』(竹内薫・著)は、子育て中の方にはぜひ読んでいただきたい内容です。プログラミングが必修科目となり、AIが仕事を奪うと盛んに言われている状況下で、ヒトは何を学び、どのような能力を伸ばしていくべきか。かつてパソコン黎明期に、プログラマーとして収入を得ていた時期もあるという竹内さんのアドバイスはとてもわかりやすく明快です。

エンジェル投資家とは何か』(小川悠介・著)は、最近話題になることが多い、エンジェル投資家の素顔、思考、行動を徹底取材したレポート。若くして大金を得た投資家たちにはどんな人がいて、何をしているのか。普段ほとんど接点がない成功者たちの思考様式は非常に興味深いものがありました。

昔は面白かったな―回想の文壇交友録―』(石原慎太郎坂本忠雄・著)は、長いつきあいの編集者が聞き手となって、石原氏の作家生活を振り返ってもらった対談。小林秀雄三島由紀夫川端康成といった文豪たちと、直接つきあってきた石原氏ならではの秘話が満載です。若き日の石原氏が、小林秀雄に食ってかかった、といったエピソードに驚く方も多いのではないでしょうか。
 地雷などをいちいち気にせず、多くの人が自由に意見をぶつけあえていた時代がまぶしく見えてきます。

 入社当時に「早く辞めたほうがいい」と言った先輩とはなぜか今もおつきあいがあり、とても良くしていただいています。そんな経験があるせいか、乱暴な物言いがないほうがいいのでしょうが、全然ないのがいいのかといえば、そうでもない気もします。

 今月も新潮新書をよろしくお願いします。
2019/12