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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

こんな時期の話

 現在進行形のことについて書籍は他のメディアよりも不利なところがあります。ネットやテレビならば生で情報が伝達できます。週刊誌は校了から発売まで最短で2日ほど。一方で書籍は通常は校了から発売まで1ヵ月、すごく頑張っても1週間以上はかかります。だから新型コロナウイルスのこともとても扱いづらいのです。
 本来、5月新刊の予定だった『バカの国』(百田尚樹・著)は、かなり無理をして(つまり著者はじめいろいろな関係者の方々にご協力いただいて)、そうしたスケジュールを変更し、4月23日発売に繰り上げての刊行となりました。同書にはこのパンデミックを受けての「怒りの長い長いまえがき」があるので、少しでも早めに世に出したいという考えからです。百田氏は、1月の時点で相当な危機感を抱いて、警鐘を鳴らし続けていただけに、現状が悔しく、腹立たしくて仕方がないのです。
 刊行の時に感染拡大が完全に終わっていれば、この「怒りの長い長いまえがき」は空振りになったでしょう。実はそうなることを著者も編集部も願っていました。しかし、ここで書かれた危機感が古くなることはありませんでした。これは残念なことでもあります。

 他の5月刊は通常の発売日です。
美術展の不都合な真実』(古賀太・著)は、新聞社の事業部で美術展の企画に携わってきた著者が、これまで語られてこなかった業界の裏側を語りつくした1冊。「なぜ〇〇美術館展」が毎年来るの? どうしてミュージアムショップに誘導されて高いものを買わされるの? いろいろな疑問に丁寧に答えてくれます。ただ、「内幕暴露!!」というドロドロした感じではなく、美術好きが「そうだったのかあ」と頷けるような内容になっているので、美術館が軒並みお休みの今、少しでも関連の話題に触れたい方にはお勧めです。

断薬記―私がうつ病の薬をやめた理由―』(上原善広・著)は、うつ病になったノンフィクション作家が、大量の薬を処方されていた状況から脱出をはかった壮絶な記録です。うつになるとどういう感じか、薬を飲むとどういう風になるのか、といったあたりをさすがの筆力で描いていきます。ここで実践された方法は、著者自身も述べている通り、決して万人に勧められるものではありません。普通なら耐えられないのでは、と感じてしまうかなりハードな部分もあります。ただ、「うつ病」=薬というやり方だけでは人は救われないということはよくわかります。

歴史の教訓―「失敗の本質」と国家戦略―』(兼原信克・著)は、なぜあの戦争で日本は失敗したのかという大きなテーマを元外務官僚がロジカルに説きます。著者は博覧強記で知られ、近年の「官邸外交」の理論的支柱とも言うべき役割を担っていた人物です。軍や役所がそれぞれの利益追求に走り、長期的な国益に基づいて政治を行う仕組みが存在しない――そんな戦前日本の姿に、現在を連想する人がいても不思議ではないでしょう。明治以降の日本史の流れがすっきりと頭に入るので、この間のお勉強にもピッタリです。

 書店さんの中にはまだ休業しているところもあるかもしれません。時短営業のお店もあることでしょう。
 どうかどこかで見つけて、手に取っていただければ幸いです。

 5月も新潮新書をよろしくお願いいたします。
2020/05