新潮新書
空気を読む話
国民的大ヒットとなっているアニメ、マンガについて伝えるテレビ番組などを見ていると、出て来る人のほとんどが絶賛コメントを発している気がします。
「子供につきあっているうちに夢中になった」「号泣した」等々。
しかし身近な人に聞くと、そこまで絶賛の嵐という感じでもありません。
「子供は夢中なんだけどね」「『ゲゲゲの鬼太郎』のほうが好き」等々。
周辺の人間が世の中とズレまくっているのかもしれません。が、一方でテレビに出ている中には、その場の空気を読んでいるだけの人もいるのではないか、という気もします。
「大ヒットという明るい話題のときに、水を差すようなことはとても言えない」
そう考えるのが普通というものです。
「全然面白いと思えなかったっす」
こんなことを言う人がいたら凄いと思います。でも多分、後でスタッフに「空気読んでくださいよ」と言われるのではないでしょうか。一応空気を読みながら慌てて申し上げておけば、私は大変素晴らしい作品であると思っております。
11月新刊『空気が支配する国』(物江潤・著)は、日本人を縛る空気という名の「曖昧な掟」の正体に迫った論考です。新型コロナ禍においては、空気によって、私たちの行動は実質的に厳しく制限されました。諸外国に比べて相当ゆるい対策しか政府が取らなかったのに、国民が進んで自粛したのも、空気ゆえです。
本書を読むと、この空気の発生過程、危険性、そしてそこから自由になる方法も見えてきます。
他の新刊3点をご紹介します。
『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン・著 久山葉子・訳)は、スウェーデンでベストセラーとなった衝撃の書。生活必需品となってしまったスマホにより、うつ、睡眠障害、注意力低下、学習力低下等、様々なマイナスが生じていると、最新の研究結果をもとに示していきます。こうしたことを知っているからこそ、IT企業のトップには、スマホやタブレットを我が子に与えようとしないそうです。「私たちは1日2600回スマホを触っている」「1日2時間を超えるスクリーンタイムはうつのリスクを高める」「ポケットにスマホを入れておくだけで学習効果は著しく低下する」等々、すべてのページにドキッとする記述があると言っても過言ではありません。
『ブラック霞が関』(千正康裕・著)は、元厚労省キャリアの著者が霞が関の苦境を赤裸々に綴った内容で、読むと自分の仕事がいかにヌルいか痛感させられました。もともとキャリアの仕事は激務というイメージがありましたが、少し前と比べても今はより大変なことになっているようです。IT化が仕事を楽にしてくれたわけではないようで、むしろ「紙の仕事」にITによって生まれた仕事がプラスされていると見たほうがよさそうです。オビにあるのは「午前7時 仕事開始 27時20分 退庁」という恐るべきスケジュール。「このままでは国民のために働けない」という思いから発せられた叫びのような本です。
『ベートーヴェンと日本人』(浦久俊彦・著)は、明治・大正期にクラシック音楽がどのように日本人に受け容れられていったかを描いた西洋音楽受容史。西洋の音階も楽器も知らなかった日本人のほとんどにとって、クラシック音楽は騒音に等しかったようです。しかしそれが教養の一種となり、だんだん良さが浸透する。そしてベートーヴェンは「楽聖」となり、「第9」は大晦日の風物詩にまでなる。
著者の浦久さんが、以前、新潮新書で刊行された『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』『悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト―パガニーニ伝―』はいずれもクラシック好きではなくても楽しめる本でした。今回も、クラシックの知識がなくても十分に面白く読める内容になっています。
時折、流行り物の良さがわからなくなる私はベートーヴェンの素晴らしさにピンと来なかった明治時代のお爺さんのようなものなのかもしれません。
今月も新潮新書をよろしくお願いします。
「子供につきあっているうちに夢中になった」「号泣した」等々。
しかし身近な人に聞くと、そこまで絶賛の嵐という感じでもありません。
「子供は夢中なんだけどね」「『ゲゲゲの鬼太郎』のほうが好き」等々。
周辺の人間が世の中とズレまくっているのかもしれません。が、一方でテレビに出ている中には、その場の空気を読んでいるだけの人もいるのではないか、という気もします。
「大ヒットという明るい話題のときに、水を差すようなことはとても言えない」
そう考えるのが普通というものです。
「全然面白いと思えなかったっす」
こんなことを言う人がいたら凄いと思います。でも多分、後でスタッフに「空気読んでくださいよ」と言われるのではないでしょうか。一応空気を読みながら慌てて申し上げておけば、私は大変素晴らしい作品であると思っております。
11月新刊『空気が支配する国』(物江潤・著)は、日本人を縛る空気という名の「曖昧な掟」の正体に迫った論考です。新型コロナ禍においては、空気によって、私たちの行動は実質的に厳しく制限されました。諸外国に比べて相当ゆるい対策しか政府が取らなかったのに、国民が進んで自粛したのも、空気ゆえです。
本書を読むと、この空気の発生過程、危険性、そしてそこから自由になる方法も見えてきます。
他の新刊3点をご紹介します。
『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン・著 久山葉子・訳)は、スウェーデンでベストセラーとなった衝撃の書。生活必需品となってしまったスマホにより、うつ、睡眠障害、注意力低下、学習力低下等、様々なマイナスが生じていると、最新の研究結果をもとに示していきます。こうしたことを知っているからこそ、IT企業のトップには、スマホやタブレットを我が子に与えようとしないそうです。「私たちは1日2600回スマホを触っている」「1日2時間を超えるスクリーンタイムはうつのリスクを高める」「ポケットにスマホを入れておくだけで学習効果は著しく低下する」等々、すべてのページにドキッとする記述があると言っても過言ではありません。
『ブラック霞が関』(千正康裕・著)は、元厚労省キャリアの著者が霞が関の苦境を赤裸々に綴った内容で、読むと自分の仕事がいかにヌルいか痛感させられました。もともとキャリアの仕事は激務というイメージがありましたが、少し前と比べても今はより大変なことになっているようです。IT化が仕事を楽にしてくれたわけではないようで、むしろ「紙の仕事」にITによって生まれた仕事がプラスされていると見たほうがよさそうです。オビにあるのは「午前7時 仕事開始 27時20分 退庁」という恐るべきスケジュール。「このままでは国民のために働けない」という思いから発せられた叫びのような本です。
『ベートーヴェンと日本人』(浦久俊彦・著)は、明治・大正期にクラシック音楽がどのように日本人に受け容れられていったかを描いた西洋音楽受容史。西洋の音階も楽器も知らなかった日本人のほとんどにとって、クラシック音楽は騒音に等しかったようです。しかしそれが教養の一種となり、だんだん良さが浸透する。そしてベートーヴェンは「楽聖」となり、「第9」は大晦日の風物詩にまでなる。
著者の浦久さんが、以前、新潮新書で刊行された『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』『悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト―パガニーニ伝―』はいずれもクラシック好きではなくても楽しめる本でした。今回も、クラシックの知識がなくても十分に面白く読める内容になっています。
時折、流行り物の良さがわからなくなる私はベートーヴェンの素晴らしさにピンと来なかった明治時代のお爺さんのようなものなのかもしれません。
今月も新潮新書をよろしくお願いします。
2020/11
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