新潮新書
年末の怖い話
週刊誌の記者をやっていた頃、何度か怖い思いをしたことがあります。災害の現場などは二次災害の恐れがあるので怖いのですが、それよりも印象に残っているのはある事件の関係者の自宅を訪ねた時のことでした。
相手の男性は容疑者などではなく、事情をよく知っているかもしれない関係者でした。そこに先輩の記者と訪ねていきました。夜8時くらいだったでしょうか。
玄関に現れたのは、ガッシリした感じでちょっと不良っぽい人でした。
「まあ上れ」
そんな風に部屋に招かれたのち、細かいやり取りは忘れましたが、私たち二人はいつの間にか板の間に並んで正座させられていました。
「なんで俺の部屋がわかったんだ。言え」
男性のほうは椅子に座って私たちを見下ろしながら、そんなことを鋭い目つきで聞いてきます。が、情報源など言えるはずもありません。しかしそれでは許してくれそうにない。
その男性も怖かったのですが、さらにそれを引き立てていたのが隣室にいる彼の子分と思しき二人の男性の存在です。といってもその人たちはこちらに凄んできたりしてくるわけではありません。むしろその逆です。
嬉しそうにテレビでジャッキー・チェンの映画を見て笑っているのです。隣室といっても壁もないので、こちらの緊迫した状況はわかっているはず。兄貴分が椅子に座り、その前にスーツを着た男が二人正座している。なのに、まったく関心を示さない。
この人たちはこういう光景が日常なのだろうかと思い、とにかく怖くなりました。
結局、無事正座から解放されて今日があるのですが、今でもたまに先輩と「あれは怖かったなあ」と話すことがあります。
なぜこんなことを書いていたかといえば、12月新刊4点がいずれも怖い話と関係があるからでした。
『本当は危ない国産食品―「食」が「病」を引き起こす―』(奥野修司・著)は、何気なく食べているものや、安心安全だと思っているものに、思わぬリスクがあることを数多くの研究と丹念な取材をもとに教えてくれます。ベースとなったのは「週刊新潮」連載ですが、その頃から書籍化を望む声が多くありました。さらに、事前に読んだ社内からは「安易にお茶が飲めなくなった」等、「怖かった」という声も多く寄せられています。
『半グレ―反社会勢力の実像―』(NHKスペシャル取材班・著)は、元から現役まで「半グレ」に直接取材したノンフィクション。一流企業並みの人材育成術、営業マニュアルが個人的にはとても怖かったです。こういうところで「修行」した若者の一部が、本当に普通の企業に就職している、という指摘も。
『2021年以後の世界秩序―国際情勢を読む20のアングル―』(渡部恒雄・著)は、混沌とする世界の行く末を見通すための視点を提示した1冊。誰が大統領になろうが、首相になろうが、コロナがどうなろうが、当面世界は良い方に向かいそうにない。これも怖いことです。
『書きたい人のためのミステリ入門』(新井久幸・著)の著者は実は私の同僚で、小説を扱う部署の現役編集長です。新人賞の下読みなどをしてきた経験も踏まえて、これから作家を目指す人に向けて語りかけています。どういうことをしてはいけないか、何に気をつけるべきか。作家や編集者がどう考えているかが見えてきます。「読むだけでいいよ」という方も、一層ミステリが面白くなるのは間違いありません。
4冊中、この本だけは「怖い話」をより深く楽しむための本だといえます。年末年始、各種ランキングに入ったミステリを読むのが楽しみ、という方に特にお勧めします。
今年も1年間ありがとうございました。
これからも新潮新書をよろしくお願いいたします。
相手の男性は容疑者などではなく、事情をよく知っているかもしれない関係者でした。そこに先輩の記者と訪ねていきました。夜8時くらいだったでしょうか。
玄関に現れたのは、ガッシリした感じでちょっと不良っぽい人でした。
「まあ上れ」
そんな風に部屋に招かれたのち、細かいやり取りは忘れましたが、私たち二人はいつの間にか板の間に並んで正座させられていました。
「なんで俺の部屋がわかったんだ。言え」
男性のほうは椅子に座って私たちを見下ろしながら、そんなことを鋭い目つきで聞いてきます。が、情報源など言えるはずもありません。しかしそれでは許してくれそうにない。
その男性も怖かったのですが、さらにそれを引き立てていたのが隣室にいる彼の子分と思しき二人の男性の存在です。といってもその人たちはこちらに凄んできたりしてくるわけではありません。むしろその逆です。
嬉しそうにテレビでジャッキー・チェンの映画を見て笑っているのです。隣室といっても壁もないので、こちらの緊迫した状況はわかっているはず。兄貴分が椅子に座り、その前にスーツを着た男が二人正座している。なのに、まったく関心を示さない。
この人たちはこういう光景が日常なのだろうかと思い、とにかく怖くなりました。
結局、無事正座から解放されて今日があるのですが、今でもたまに先輩と「あれは怖かったなあ」と話すことがあります。
なぜこんなことを書いていたかといえば、12月新刊4点がいずれも怖い話と関係があるからでした。
『本当は危ない国産食品―「食」が「病」を引き起こす―』(奥野修司・著)は、何気なく食べているものや、安心安全だと思っているものに、思わぬリスクがあることを数多くの研究と丹念な取材をもとに教えてくれます。ベースとなったのは「週刊新潮」連載ですが、その頃から書籍化を望む声が多くありました。さらに、事前に読んだ社内からは「安易にお茶が飲めなくなった」等、「怖かった」という声も多く寄せられています。
『半グレ―反社会勢力の実像―』(NHKスペシャル取材班・著)は、元から現役まで「半グレ」に直接取材したノンフィクション。一流企業並みの人材育成術、営業マニュアルが個人的にはとても怖かったです。こういうところで「修行」した若者の一部が、本当に普通の企業に就職している、という指摘も。
『2021年以後の世界秩序―国際情勢を読む20のアングル―』(渡部恒雄・著)は、混沌とする世界の行く末を見通すための視点を提示した1冊。誰が大統領になろうが、首相になろうが、コロナがどうなろうが、当面世界は良い方に向かいそうにない。これも怖いことです。
『書きたい人のためのミステリ入門』(新井久幸・著)の著者は実は私の同僚で、小説を扱う部署の現役編集長です。新人賞の下読みなどをしてきた経験も踏まえて、これから作家を目指す人に向けて語りかけています。どういうことをしてはいけないか、何に気をつけるべきか。作家や編集者がどう考えているかが見えてきます。「読むだけでいいよ」という方も、一層ミステリが面白くなるのは間違いありません。
4冊中、この本だけは「怖い話」をより深く楽しむための本だといえます。年末年始、各種ランキングに入ったミステリを読むのが楽しみ、という方に特にお勧めします。
今年も1年間ありがとうございました。
これからも新潮新書をよろしくお願いいたします。
2020/12