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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

すっきり晴れない長雨の下で

 

 繰り返される緊急事態の宣言と解除、祭典にはほど遠いオリンピック......総理の表情から日ごとに自信が失われていく様子を見ていると、「正常性バイアス」という心理学用語を思い出します。異常な事態を前にして、「大丈夫だ、何とかなる」と、自分にとって都合よく考える心の働きで、誰にでもある一種の自己防衛反応ですが、後になってみれば現実とは大きくズレていた、ということはしばしばあります。
 7月新刊のイチ推し、『決定版 大東亜戦争』(波多野澄雄戸部良一など計7人、上下巻)は、2018年に『決定版 日中戦争』を著した当代屈指の歴史家たちが再結集した大作。当時の政府や軍部など「こちら側」の事情だけでなく、米英中ソなど日本と対峙した「あちら側」の戦略を含めて、あの歴史的失敗の構図を浮き彫りにしていきます。
 先の戦争には「太平洋戦争」「15年戦争」など様々な呼称がありますが、「大東亜戦争」は軍国主義を連想させるという理由で、戦後しばらくはGHQによって使用を禁じられました。今回、歴史研究では避けられがちな語をあえて冠したのは、イデオロギーや感情にとらわれず客観的に分析すれば、戦争の全体像を捉えるのには、この呼称が最も相応しいと判断したからです。
 もう一つの注目作『不要不急―苦境と向き合う仏教の智慧―』は、臨済宗円覚寺派管長の横田南嶺氏ら10人による随想集。昨年来、連呼される四文字はお坊さんたちにも影響大です。何ごとにつけ「密」とリアルを避けるという一変した世界で、日々修養を重ねてきた彼らも大いにうろたえ、悩みながらも、それぞれに答えを見出していきます。
 悟りすました高説でも難解な教理でもない、苦境と向き合う仏教者たち十人十色のドキュメントは、長引くコロナ禍の中、読むほどに不思議と元気が湧いてきます。
財務省の「ワル」』は、この分野では第一人者のジャーナリスト・岸宣仁氏による最新の組織研究。近年、接待汚職やセクハラ、公文書改ざんなどで風当りが強い「省庁の中の省庁」ですが、ここでは「ワル」と言えば、いわゆる悪人ではなく(仕事も遊びもできる)やり手、という意味になります。
 超難関の採用から異動と昇進の条件、人材の変遷まで、この国の財布を牛耳るトップエリートたちの内幕を活写します。
2021/07