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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

虚構と事実のあいだで

 真実は小説より奇なり、とは昔からよく言われることですが、もとは「語られることがあれば」という但し書きがついているそうです。人間と社会の真実を描き出すには、取材と調査で真実に迫るノンフィクションか、想像力と創作力を駆使することで人間の真実をとらえようとするフィクションか、どちらがすぐれているということではなく、そのあいだを行ったり来たりしているのが現実のように思います。
 9月新刊のイチ推しは『ドキュメント小説 ケーキの切れない非行少年たちのカルテ』(宮口幸治・著)。75万部を超えた『ケーキの切れない非行少年たち』では、重大犯罪を起こすような非行少年の認知の歪みについて分析して注目を集めましたが、今回、あえて小説形式をとることで、彼らが置かれた環境、生いたちから家族・交友関係まで幅広いスパンで「人間像」を浮き彫りにしていきます。加害者である彼らが実は「被害者」でもある、という真実がビビッドに伝わってきます。
芸能界誕生』(戸部田誠(てれびのスキマ)・著)は文字通り、その誕生の真実に迫るノンフィクション。敗戦と占領によるジャズなど洋楽の大量流入、娯楽に飢えた国民、復興景気がもたらすエネルギーを背景に、1958年、日劇ウエスタンカーニバルをきっかけに起きた"芸能界ビッグバン"――渡辺晋(ナベプロ)、堀威夫(ホリプロ)、田邊昭知(田辺エージェンシー)、相澤秀禎(サンミュージック)ら錚々たる面々が、今なお続く芸能界の骨格を作りました。数々の貴重な証言から描きだす群像劇です。
あなたの小説にはたくらみがない―超実践的創作講座―』(佐藤誠一郎・著)は、新潮社で宮部みゆきさんや高村薫さんなど数多くの人気作家を担当、長年、文芸編集者として活躍してきた著者による小説指南書であり、教養書。書きたい人にとっては創作の基本姿勢とテーマや構成について学ぶことができ、小説好きの読者ならクロウトならではのフィクションの読み方と作り方、あるいは現代小説論としても楽しめます。
2022/09