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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

ふと気がつけば......

 探しものがあって、机の書類を引っくり返したり引き出しを開け閉めしたり、でも気がついたら視界の中にちゃんとある――人は「見えるもの」ではなく「見たいもの」を見ている、とは認知科学でよく指摘されることですが、人間は無意識のうちに自分に都合よく情報を処理する傾向があります。つまり、願望で見る世界と現実の世界のありようはしばしば重ならない――編集者も気をつけなくてはならないことでしょう。

 10月新刊『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』(橘玲・著)は、2017年に新書大賞を受賞した『言ってはいけない―残酷すぎる真実―』、『もっと言ってはいけない』に続き、現代社会で当然視されるリベラルな価値観――正義・平等・多様性など――とは裏腹に、人間から切っても切り離せないやっかいな性質――差別・偏見・欲望など――について、科学的知見をもとに解き明かします。「きれいごと」だけでは収まらない、人の世の不都合な真実を浮き彫りにする最新作です。
 単なる「推し活」が気がついたら「沼落ち」――人が「気持ちいい」と感じる時に脳内で放出される物質・ドーパミンは、恋愛やセックス、ネットやSNS、ギャンブルや飲酒など様々な行為に伴います。『ドーパミン中毒』(アンナ・レンブケ・著、恩蔵絢子・訳)は、依存症医学の第一人者が、スマホがそうであるように、絶えず刺激を求める現代人のほとんどが、程度の差こそあれドーパミン依存症という衝撃の実態を明らかにします。
 刑事事件や訴訟、情報流出にスキャンダル、気がついた時には経営危機――ネットやSNSの浸透とともに、企業にとって不祥事への対応は年々重要性を増しています。『その対応では会社が傾く―プロが教える危機管理教室―』(田中優介・著)は、プロのリスクコンサルタントによる実践的危機対応マニュアル。実際の事例も紹介しながら、「やってはいけない」対応についてわかりやすく教えます。総務・広報から上級管理職まで、企業人におすすめの一冊です。
 人口減による地方消滅が危ぶまれるなか、地方創生・地域再生のプランはどこも似たり寄ったり、そんな印象があります。『山奥ビジネス―一流の田舎を創造する―』(藻谷ゆかり・著)は、行政の支援や企業の進出に頼るのではなく、それぞれ正真正銘の「ど田舎」でいかにして仕事を創出し、人を呼び込み、かつオンリーワンのビジネスとして発展させているのか、豊富なフィールドワークをもとに分析します。新たな里山資本主義を提案するドキュメントです。
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 お知らせです。10月25日発売の「芸術新潮」(11月号)で養老孟司さんの大特集が組まれます。新潮新書では『バカの壁』から最新刊『ヒトの壁』まで6作品全てがベストセラーとなっている養老先生ですが、今回は、昆虫採集かたがた佐渡の森への探訪記から、絵本作家のヨシタケシンスケさん、美術史家の山下裕二さん、作家の坂口恭平さんらとの対話、さらには「死」をめぐる語り下ろしまで盛りだくさんの構成です。「人生は本来、不要不急」「仕事とは、地面の穴を埋めるようなもの」「ぜんぶ、成り行き」――そんな呟きをもらしつつ、もうすぐ85歳を迎える養老先生の世界、この機会にぜひ覗いてみてください。
2022/10