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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

それぞれのスタンス

 つい先日、家の近くの小さな診療所が閉院することになりました。3年近く続くコロナ禍での診療控えで経営が圧迫されていたらしいのですが、長年のカルテを備えたかかりつけ医と手軽な受診機関の存在は、地域にとっては心強いものでした。何より、俗にいう大病院の「3時間待ちの3分診療」とは違った丁寧な診察には、「病気ではなく病人を診る」というスタンスが感じられました。

 11月新刊『プリズン・ドクター』(おおたわ史絵・著)には、医療という行為にともなうヒューマニズムが感じられます。テレビで見るタレント女医さん、というイメージの人が多いかもしれませんが、数年前から法務省矯正局医師、つまり「塀の中の人々」を診察する仕事を進んで引き受けてきました。患者は罪を犯した服役囚や非行少年で、時間的にも薬剤や設備にも制約があるなか、ユーモアと温かさのある診察の日々を綴ります。
デマ・陰謀論・カルト―スマホ教という宗教―』(物江潤・著)は、アメリカで誕生したQアノンや「ゴム人間」説の信奉者たちが、いったいなぜ陰謀論や妄説を信じるのか、論理的かつ冷静に分析します。今や日常生活に深く浸透したスマホとSNSですが、自分好みの情報とアルゴリズム漬けの現代人は、ともすればトンデモ話にハマりこんでしまいます。周囲にあふれる情報、自分に近づいてくる情報に対する基本的なスタンスの大切さが伝わってきます。
 橋やトンネルなど耐用年数を過ぎた「朽ちるインフラ」が近年各地で問題になっているなか、今とりわけ重要視されているのが、人間の生存と生活に直結する「水道」です。地中に埋められた水道管の寿命は、管の材質や土壌 、使用状況などによって大きく異なり、状態を確認することさえ困難でした。『水道を救え―AIベンチャー「フラクタ」の挑戦―』(加藤崇・著)は、いわば人類的な課題にブレイクスルーをもたらしたAIベンチャー「フラクタ」の世界への挑戦を描きます。
コスパで考える学歴攻略法』(藤沢数希・著)は、いかに効率よく受験レースを勝ち抜き、コスパのいい人生設計につなげられるか、自身と身内の実体験をふまえて経済合理的かつドライに徹底検証していきます。受験競争への批判から、ゆとりに個性重視にとブレ続ける日本の教育ですが、現実には企業も社会も学歴を重視していることは言うまでもありません。きれいごとや理想論を抜きにしたクールな分析スタンスが際立ちます。
2022/11