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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

人・産業・自治体――それぞれの「持続可能性」

 世界有数の長寿国・日本では、今年、100歳を超える人の数が9万人を超えました。じつに52年間連続の増加ですから、高齢者の健康管理はもちろん、医療や介護の面でも先頭を走っています。学会などでは、人間の限界寿命は実例も含めて120歳と推定されているそうですが、iPS細胞など医科学の進展で今後さらに伸びる可能性もあります。

 さて「不老不死」とは人類の夢かありえない幻想か、人によって見方は色々ですが、12月新刊『寿命ハック―死なない細胞、老いない身体―』(ニクラス・ブレンボー・著、野中香方子・訳)では、植物からクラゲやサメ、そしてヒトまで、寿命と活性を維持するための生物学的な仕組みについて、研究の最前線を紹介します。ただちにアンチエイジングや延命に適用はできないまでも、人間が「若く生きて長生きする」には何が必要か、興味深いヒントにあふれています。
 まだまだ成長力も生命力もあるのに、間違った治療や投薬が逆に命を縮めることもあります。『誰が農業を殺すのか』(窪田新之助・著、山口亮子・著)は、「農家が減るのは問題」「遺伝子組み換えはヤバい」「農業が国際化するとグローバル企業に乗っ取られる」などなど、農政をめぐる常識のウソを徹底取材であぶり出します。内向きマインドで海外事情にカンが働かず、日本生まれの種子は中韓に盗まれ放題......そんな現実を打破し、日本の農業を「正常化させたい」と願う二人の農業ジャーナリストによる熱い論考です。
 農林漁業など一次産業の衰勢は長年の重要課題ですが、よりマクロな視点から見ると、やはり人口減と地方の衰退をどうやって食い止めるかが問題です。『流山がすごい』(大西康之・著)では、ひと昔前まで東京のベッドタウンというイメージしかなかった流山が、人口増加率6年連続日本一、千葉の二子玉川と呼ばれるまでに大きな変貌を遂げた謎を解き明かします。都市計画コンサルタント出身の異色の市長のリーダーシップ、「母になるなら流山市。」をキャッチフレーズに掲げた大胆な保育政策、鉄道や高速道路など交通の利便性を生かした人材と企業の誘致など、いま最も熱い自治体の躍進の物語です。
 高齢化と地方の衰退は先進国に共通の課題ながら、立て直しには住民の意識変革が大きなカギを握ります。単なる産業振興ではなく、環境と持続可能性への目配りが求められる時代、『シチリアの奇跡―マフィアからエシカルへ―』(島村菜津・著)は、マフィアの本拠地というかつての不名誉な印象から、この20年ほどで大きく様変わりしたシチリアの記録。司法当局による執念の捜査、地元住民による果敢な反マフィア運動によって、今や地産地消の有機農業、景観保護などエシカルツーリズムの象徴として変貌を遂げています。エクソシストからスローフードまで、イタリア文化を知り尽くした著者による渾身のドキュメントです。
2022/12