とるとだす 限定版
2,420円(税込)
発売日:2017/07/21
- 書籍
ミュージカル「しゃばけ」第2弾出演の平野良&藤原祐規×原作のコラボブック付! 艶やかな撮り下ろし写真、二人の肉声で舞台を体感!
書評
愛される宿命
この物語には“温度”がある、と思った。昨年十五周年を迎えた大人気作品『しゃばけ』シリーズのことだ。一度読み始めると生まれながらにして“愛される宿命”を背負った作品なのだとわかる。それは、決して楽なことではない。まさに主人公・長崎屋の跡取り息子一太郎(若だんな)そのものだ。
時は江戸時代。一太郎は毎日贅を尽くした生活を送り、両親や二人の手代たちに大層甘やかされて育っている。この手代というのは、じつは白沢と犬神という妖力の強い
そして、最新刊の『とるとだす』では、驚くことに一太郎ではなく、父親の藤兵衛が突然倒れてしまう。これまで病気ひとつしたことがない藤兵衛が倒れた理由が……これがまた何とも切ない。第一話「とるとだす」は、広徳寺に薬種屋の主人たちが集められたところから始まる。その会合の最中に、藤兵衛が倒れるのだ。続く「しんのいみ」では、一太郎は不思議な世界へと紛れ込む。さらに「ばけねこつき」では、奇妙な縁談話を持ちかけられ、一太郎の心を翻弄する。これでもかとたたみ掛けられた上、読者は「長崎屋の主が死んだ」というタイトルを目にすることとなる。長崎屋に恨みを持って死んだ“狂骨”という骸骨の亡霊のような者が現れ、次々と人を襲い……。最後の「ふろうふし」には、誰もが知っている意外な人たちが登場しているのも物語に厚みを与えている。今作は大店の若だんなとしても一段成長する展開となっており、家族の大切さをしみじみと感じさせてくれる。
今年9月に上演される『ミュージカル「しゃばけ」弐~空のビードロ・畳紙~』でも、家族がテーマとなった二つのストーリーを取り上げる。『ぬしさまへ』に収録されている「空のビードロ」は、一太郎の腹違いの兄・松之助が主人公。孤独で頼れる家族もなく、桶屋の奉公人として働いているが、長崎屋が原因で店を辞めることになり……。シリーズの中でも人気が高く、最後の一頁に涙を禁じ得ない。もう一作は『おまけのこ』に収録されている「
最後にもうひとつ、『しゃばけ』の魅力をお伝えしたい。じつは、第一弾のミュージカルを上演する前、新潮社の担当の方々にお会いさせていただいたのだが、そのときの会議室は、なんとも安心感のある空気だった。だが、その中にも作品を守ろうとする凜とした強さを感じる。「あれ? この空気はどこかで感じたことがある……」そうだ、長崎屋に似ているのだ! 主である一太郎や藤兵衛を信頼し、支え、盛り立てている。作品の一番近くにいる人たちをも、著者・畠中恵さんは魅了しているのではないだろうかと思う。だからこそ、『しゃばけ』を取り巻く独特の“温度”がここにある。風邪を引いたときの部屋のような、あたたかくほっこりと、少し湿度の高いあの温度。本を開いた読者たちの傷をいつの間にか癒してしまうその温度で、今後もこのシリーズは続いていくのだろう。それこそが“愛される宿命”なのだ。
(かぐらざわ・ことら 脚本家)
波 2017年8月号より
単行本刊行時掲載
イベント/書店情報
著者プロフィール
畠中恵
ハタケナカ・メグミ
高知生まれ、名古屋育ち。名古屋造形芸術短期大学ビジュアルデザインコース・イラスト科卒。2001年『しゃばけ』で第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。ほかに『ぬしさまへ』『ねこのばば』『おまけのこ』『うそうそ』『ちんぷんかん』『いっちばん』『ころころろ』『ゆんでめて』『やなりいなり』『ひなこまち』『たぶんねこ』『すえずえ』『なりたい』『おおあたり』『とるとだす』『むすびつき』『てんげんつう』『いちねんかん』『もういちど』『こいごころ』『いつまで』、ビジュアルストーリーブック『みぃつけた』(以上『しゃばけ』シリーズ、新潮社)、『ちょちょら』『けさくしゃ』(新潮社)、『猫君』(集英社)、『あしたの華姫』(KADOKAWA)、『御坊日々』(朝日新聞出版)、『忍びの副業(上)・(下)』(講談社)、『おやごころ』(文藝春秋)、エッセイ集『つくも神さん、お茶ください』(新潮社)などの著作がある。