ぬしさまへ
693円(税込)
発売日:2005/11/27
- 文庫
- 電子書籍あり
えっ、毒饅頭に泣く布団、おまけに手代の仁吉に恋人だってェ? 痛快人情推理帖 第二弾。
きょうも元気に(?)寝込んでいる、若だんな一太郎の周囲には妖怪がいっぱい。おまけに難事件もめいっぱい。幼なじみの栄吉の饅頭を食べたご隠居が死んでしまったり、新品の布団から泣き声が聞こえたり……。でも、こんなときこそ冴える若だんなの名推理。ちょっとトボケた妖怪たちも手下となって大活躍。ついでに手代の仁吉の意外な想い人まで発覚して、シリーズ第二弾、ますます快調。
書誌情報
読み仮名 | ヌシサマヘ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 320ページ |
ISBN | 978-4-10-146122-9 |
C-CODE | 0193 |
整理番号 | は-37-2 |
ジャンル | 文芸作品、歴史・時代小説 |
定価 | 693円 |
電子書籍 価格 | 649円 |
電子書籍 配信開始日 | 2020/04/03 |
書評
明るい小説
小説は、負のエネルギーによって書かれるものが多い。これまでの日本の小説は特にその傾向が強く、明るく希望に満ちた作品は少数派に属するような気がする。たとえば、武者小路実篤のような、人生を正面から肯定しようとする態度は、現実離れした思想主義と揶揄されがちであるが、稀有な個性としてぼくは大いに認めたい。暗さ、重さ、深刻さこそ小説の条件であるかのごとくもてはやされ、能天気な明るさを盛り込むと、とたんに小説らしさが失われると考えられがちだ。小説というメディアは、「明るさ」よりも「暗さ」のほうが似合う。
昨今のエンターテイメントを見ても、登場人物たちの過去に深刻なトラウマを負わせ、その克服をストーリー展開の牽引力としてラストのカタルシスに導こうとするケースが多々見られる。
確かに、そのほうが小説は書きやすい。ぼく自身、『らせん』を執筆していて、主人公のキャラクター作りに苦しみ、物語が動かなくなってしまったとき、幼いわが子を不注意で亡くしているというトラウマを、主人公の過去に書き加えたところ、思わぬ方向にストーリーが流れ始めたという経験がある。
では、逆に、明るく能天気な小説は、書くのに難しいのか。綱渡りになるだろうとは思う。一歩間違えれば、それこそ小説らしさは失われるけれど、うまくすれば他には見られない独自の世界を築くことができる。いずれにせよ、危ない橋を渡ることになるため、明るい小説執筆に挑む作家は少ないのではないか。
ぼくも選考委員に名を連ねる日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を『しゃばけ』で受賞してデビューされた畠中恵さんは、そんな少数派のひとりとお見受けする。
本作『ぬしさまへ』はその続編にあたる。舞台は徳川期の江戸。主人公は廻船問屋兼薬種問屋を営む大店の若だんな、一太郎。病弱ですぐに寝込む跡取り息子で、両親から溺愛されるさまは、「大福を砂糖漬けにしたようなもの凄い甘さ」と表現される。この若だんなには、佐助と仁吉という、ふたりの手代が片時も離れずにつき従う。「天上天下に一番の大事は若だんなと心得る」この二人は、水戸黄門ならば助さん格さんといったところで、腕っ節は強く、実に頼りになる。それもそのはず、ふたりは人間に姿を変えた妖怪であり、またの名を犬神、白沢というのだ。
一太郎の元に集うのは、佐助、仁吉を始め屏風のぞき、鳴家といった妖怪たちで、にぎやかなことこの上ない。かわいいキャラクター満載でどいつもこいつも絵になる奴ばかりだ。
さて、病弱な若だんなと妖怪たちがどんな活躍をするかといえばこれがなんと捕物帖。自分に思いを寄せる女が殺され、嫌疑をかけられた仁吉のために真犯人を探したり、親友の作った菓子を食べた直後に死んだ老人が仕掛けた罠を暴いたりと、この若だんな、病弱ながら世のため人のため、知力を尽くして、東奔西走する。
金持ちの家に生まれ、両親から溺愛され、何不自由なく育ってきたせいかどうか、一太郎は、心が優しく、ものすごくいい奴として描かれる。普通なら、主人公に何らかのトラウマでも持たせるところだろうが、そんなものはまるでなく、パターンを無視した設定がぼくの目には好ましく映る。パターンにはめれば、さらに小説は書きやすくなるからだ。
このユーモアと愛嬌いっぱいの世界は、作家自身のキャラクターによって作り出されているに相違なく、となると、畠中さんって、作家らしからぬすごくいい人間なのではないかと邪推したくなる。作家にとって一番嬉しいのは人格ではなく作品を褒められることと承知の上で、作家のキャラクターに惹かれてしまうのだ。たぶん、ほんわかと暖かく、善意に満ち、ユーモアたっぷりの面白い人に違いない。
「虹を見し事」のラストで、作者は、一太郎にこう独白させる。
「私は……私は本当に、もっと大人になりたい。凄いばかりのことは出来ずとも、せめて誰かの心の声を聞き逃さないように」
なんという善人。よりよく成長したいと願う一太郎の姿は、ビルディングスロマンの香りを漂わせ、これまたさわやかな読後感だ。
たまには明るい小説もいい。
(すずき・こうじ 作家)
波 2003年6月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
しゃばけとアニメとパンデミックと[後篇]
大好評配信中のしゃばけアニメについて、伊藤監督と主演の榎木氏が語る!(前篇はこちら)
小説をアニメ化するということ
榎木 20周年記念アニメ「しゃばけ」は、しゃばけファンの皆さんにも大好評で、かつての読者が戻ってくるきっかけにもなっているとか。
伊藤 いつもは批判されることが多いんだけど(笑)、今回は珍しくいろんな人に褒めてもらいました。
榎木 それは嬉しいですね。
伊藤 なかでも今回編集をお願いした瀬山武司さんが褒めてくださったことで、「ああ、これはそんなに大きく間違ってはいなかったんだな」と安心しました。瀬山さんはアニメ「アルプスの少女ハイジ」で編集をされていた方。僕にとってテレビアニメの理想は「ハイジ」だったので。
榎木 それはすごい。やはり原作ものだと、「間違っているかどうか」というのは気になりますか?
伊藤 はい、特に「しゃばけ」シリーズのように多くの人に愛されている作品は、原作の「空気感」を壊さないように気を付けます。榎木さんは原作の存在は意識するほうですか?
榎木 もちろん事前に目は通しますが、「原作はこうだから」と固定観念を持たないよう、台本に書かれていることがすべて、と思って演じています。
伊藤 声優は、描かれた世界をより豊かに膨らませることが仕事ですからね。
榎木 原作が漫画か小説かによって絵を作る上での違いはありますか?
伊藤 小説のほうが難しいのは確かです。ただその分面白いですね。漫画のアニメ化は技術力を供与するだけ、と思う時もありますが、小説には自分の想像が入り込める余地がありますから。
榎木 なるほど。
伊藤 小説を絵に起こすときには、行間を読む力が試されますが、その力は誰にでもあるわけじゃない。どう考えても悲しい場面なのに、薄ら笑いを浮かべた絵を描いてきてしまうアニメーターもいるぐらいで。
榎木 行間を読む力は、どうやって身に付けたらいいんでしょう。
伊藤 ぼくは高校生の頃からアニメーターになると決めていたので、授業はサボって図書室で谷崎潤一郎や林芙美子などをたくさん読んでました。その経験が役に立ったのかな。いまも本が好きで、職場が三鷹なので太宰熱も再燃しています。
榎木 読書が大事なのですね。読解力は役者にとっても必要です。セリフの一つ一つに自分の解釈が反映されてしまうので。
「知的で野蛮」なジブリの先輩たち
榎木 最近はパンデミックの影響で、アフレコの風景も変わりました。スタジオの人数制限で、一人ずつの録りになってしまうことが多いんですよね。
伊藤 榎木さんのような人気声優の方は忙しすぎるので、スケジュールが合わないという問題もありますし。
榎木 ですが今回は一人ではなく、仁吉役の内山昂輝くん、鈴彦姫役の金元寿子さんと掛け合いで演じることができたのがよかったです。
伊藤 もちろん皆さんプロフェッショナルだから、一人で録っても水準以下になることはないけど、掛け合いの中で予期せぬプラスアルファの効果が生まれることがあるんですよね。
榎木 屏風のぞき役の木村良平さんは一人のアフレコでさびしかったかも(笑)。制作の現場ではどうですか?
伊藤 パンデミック以降、制作スタジオに人が集まらなくなってしまったことに困っています。アニメーターってもともと引きこもりがちなんです(笑)。デジタル作画なら家にいてもできますが、スタジオで先輩から学んだり、熱気を体験したり、ということが大切なのに。
榎木 それは残念ですね。
伊藤 僕はアニメーターとして最初にスタジオジブリで仕事を教わったのですが、あの人たちの佇まいに学ぶことが多かったんです。知的でありながら野蛮な。あれはまさに「薫陶」でした。
榎木 想像できるような(笑)。
伊藤 野蛮を通り越してときに凶暴になることも(笑)。仕事をはじめて覚えたときに彼らの凄みのようなものを目の当たりにしたのが、自分の芯になったような気がします。
榎木 役者も同じで、先輩の芝居が現場で見られないのは、若い人にとっては苦しいだろうな、と思います。打ち上げもないですし。
伊藤 制作側と声優との交流も今は難しいですね。アニメ「夏目友人帳」のときは、夏目役の神谷浩史さん、ニャンコ先生役の井上和彦さんと打ち上げで話したことで、すごく人として尊敬できる、とか、芝居をただ楽しみに見ていられるという信頼感が増していきました。スタジオで録ったものを聴いているだけじゃ、そこまではわからない。
榎木 仕事以外の話もできる場というのは、本当に大切ですよね。
伊藤 ただコロナ禍でも不思議なことに、アニメの製作本数自体は増えているんです。
榎木 それは僕も実感しますね。
伊藤 20年ぐらい前は週20~30本で「作りすぎ」と言われていたのですが、今は週100本ぐらい作られている。
榎木 がんばりすぎなのかも(笑)。
伊藤 企画の本数にたいして、才能の数は限られている。アニメ業界は永久に人手不足なんですよ(笑)。
(いとう・ひでき アニメーション監督)
(えのき・じゅんや 声優)
波 2022年1月号より
大好評配信中のしゃばけアニメについて、伊藤監督と主演の榎木氏が語る![前篇]
「若だんな」というキャラクター
伊藤 若だんなは複雑なキャラだから、演じるのは難しかったでしょう。
榎木 そうですね。最初のテイクではちょっと元気が良過ぎたのですが、監督のアドバイスで病弱な部分はより病弱に、対決場面ではより力強く、とメリハリが出るようにしました。
伊藤 一太郎はたおやかな印象を与えるけれど、芯にはものすごく熱く強いものがある。その相反する要素を表現しなければならないんですよね。
榎木 3分という短いアニメなので、普通は30分のアニメで表現するものをなるべく凝縮して伝えようと心がけました。
伊藤 とても陰影のある芝居をしていただき、榎木さんの「一太郎」になっていました。本当に良かったです。
榎木 ありがとうございます。監督は「しゃばけ」シリーズはもともとご存じだったのですか?
伊藤 自分でも意外ですが、実は全然知らなかったのです。20年も続く有名なシリーズなのに。
榎木 僕は同じ畠中恵先生原作の『つくもがみ貸します』のアニメ化でも主人公の清次を演じていたので、作品のことは知っていたのですが、読むのははじめてで。とても親しみやすいお話ですよね。
伊藤 そうですね。でも、アニメ化のお話をいただいてから絵コンテを描くまで時間の余裕がなかったので、楽しみつつも必死で読んでいました。
榎木 今回は第一作『しゃばけ』だけではなく、シリーズの様々な作品の名場面が入ったアニメになっていますよね。相当読み込まれましたか?
伊藤 原作を読みながら「これは映像化するのは楽しそうだ」と思いつつ、気になった場面にどんどん付箋をつけて構成案を考えていきましたが、取捨選択に悩みました。
榎木 監督が一番力を入れたシーンはどこでしたか?
伊藤 「おまけのこ」で鳴家が川の主の鯉に出会う場面ですね。あそこは一生懸命描きました。それと、『うそうそ』の弁財船の場面も描いていて本当に楽しかった。江戸時代の船の構造って面白いんですよ。実は昔、大工をやっていたこともあって、船大工になりたいなあ、と思いながら描いていました(笑)。
榎木 それは意外でした(笑)。どれもほんの一瞬の場面でしたよね。
伊藤 いまは無くなってしまった江戸の風景、というものに憧れがあるんですよね。本当はトキの群れなんかが飛んでいたんじゃないかな、などと想像しながら描くのは楽しかったです。
アニメーションと時代もの
榎木 アニメで時代劇って、実は珍しい。時代考証などは相当苦労されたのではないですか?
伊藤 歴史時代ものを手がけるときは、資料に当たるのが楽しくもあり大変でもあり。特に江戸時代は資料が山ほどあるので。だから時間との勝負で、どこかで踏ん切りをつけなくてはならないんです。『しゃばけ』では、以前『四谷怪談』のアニメをやったときの蓄積がものを言いましたが、はじめてだったら大変だったと思います。
榎木 なるほど。でもアニメには自由さもありますよね。『つくもがみ貸します』は江戸時代が舞台ですが、清次の髪型はざんぎり頭で、他にも現代風のアレンジが加えられていました。
伊藤 畠中先生も何かのインタビューでおっしゃっていたと思うのですが、きちんと時代考証をしつつ、どこまで現代的な要素を入れるか、というバランスが本当に難しい。というのも、本気で江戸時代を再現しようとすると、現代の読者には理解できない、違和感のある作品になってしまうんですよ。
榎木 そのバランスが、今回のアニメーションでは原作に忠実になっていると思いました。
伊藤 原作の柴田ゆうさんの装画は、柔らかく簡素に描かれていますが、裏にしっかりとした考証と意志があります。僕も当時の衣装や鳥山石燕の画など資料にいろいろ当たりましたが、柴田さんの絵がそうしたものを踏まえていたので、「結局これでいいのか」と(笑)。演じる側としては時代を意識されたことはありますか?
榎木 ダミ声で巻舌風に「てやんでぃ」とか、いわゆる「江戸時代っぽさ」は出さず、作り込まないようにしました。
伊藤 確かに自然な喋り方でしたね。
榎木 YouTubeで100年前の人々の会話音声が聴けるんですが、言葉遣いこそ昔風だけど、発声の仕方は変わらない。だから江戸時代の人もそうだろう、と。勝新太郎の「座頭市」を見たことも大きかったですね。変に作らない演技が印象的でした。
伊藤 なるほど。勉強されているんですね。狭き門をくぐりぬけただけあって、最近の声優さんは皆さん本当に上手です。
榎木 皆、勉強熱心ではありますね。僕も役者仲間数人で、メソッド演技論など芝居に関する本を読んで意見交換をしたり、学んだことをトレーニングとして実践したりしてます。役に立つ立たないはありますけど(笑)。
伊藤 人気と実力があるのに常に努力していて、素晴らしいですね。
榎木 競争社会ですから(笑)。
(後篇はこちら)
(いとう・ひでき アニメーション監督)
(えのき・じゅんや 声優)
波 2021年12月号より
著者プロフィール
畠中恵
ハタケナカ・メグミ
高知生まれ、名古屋育ち。名古屋造形芸術短期大学ビジュアルデザインコース・イラスト科卒。2001年『しゃばけ』で第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。ほかに『ぬしさまへ』『ねこのばば』『おまけのこ』『うそうそ』『ちんぷんかん』『いっちばん』『ころころろ』『ゆんでめて』『やなりいなり』『ひなこまち』『たぶんねこ』『すえずえ』『なりたい』『おおあたり』『とるとだす』『むすびつき』『てんげんつう』『いちねんかん』『もういちど』『こいごころ』『いつまで』、ビジュアルストーリーブック『みぃつけた』(以上『しゃばけ』シリーズ、新潮社)、『ちょちょら』『けさくしゃ』(新潮社)、『猫君』(集英社)、『あしたの華姫』(KADOKAWA)、『御坊日々』(朝日新聞出版)、『忍びの副業(上)・(下)』(講談社)、『おやごころ』(文藝春秋)、エッセイ集『つくも神さん、お茶ください』(新潮社)などの著作がある。