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いちねんかん

畠中恵/著

693円(税込)

発売日:2022/11/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

両親の留守に長崎屋を任された若だんな。降りかかる困難に、妖たちと立ち向かうシリーズ第19弾。

両親が湯治に行く一年間、長崎屋は若だんなに託されることになった。「頼られる跡取り」をめざし奮闘するが、商品を狙ういかさま師や疫病の流行、大坂の大店からの無理難題など困難は次々と降りかかる。おまけに主の留守を知った賊に目を付けられ……妖たちは、あの手この手で若だんなを助けようとするが、はたしてこの一年をぶじ乗り切れるのか!? 痛快でじんわり心に染みるシリーズ第19弾。

目次
いちねんかん
ほうこうにん
おにきたる
ともをえる
帰宅
解説 ペリー荻野

書誌情報

読み仮名 イチネンカン
シリーズ名 新潮文庫
装幀 柴田ゆう/装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 336ページ
ISBN 978-4-10-146141-0
C-CODE 0193
整理番号 は-37-21
ジャンル SF・ホラー・ファンタジー
定価 693円
電子書籍 価格 693円
電子書籍 配信開始日 2022/11/28

書評

日本ファンタジーノベル大賞の作家たち

大森望

 有為転変は小説新人賞の習い。次々に新たな賞が生まれる一方、休止する賞も少なくない。とはいえ、一度消えた賞が復活する例はたいへん珍しい。その困難なハードルをクリアしたのが日本ファンタジーノベル大賞。1989年の誕生から二十五回つづいたのち、2013年に幕を閉じたが、終了を嘆く声に応えて、四年後の2017年に堂々復活。それまで後援だった新潮社(新潮文芸振興会)が主催になり、「日本ファンタジーノベル大賞20××」と賞のうしろに年号がつくかたちでリニューアルされた。
 休止期間を除いても三十年を超える歴史があり、同賞の大賞・優秀賞受賞作は話題作が目白押し。第一回の酒見賢一後宮小説』を皮切りに、佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』、池上永一『バガージマヌパナス』、宇月原晴明『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』、西崎憲『世界の果ての庭』、森見登美彦太陽の塔』、越谷オサム『ボーナス・トラック』、仁木英之僕僕先生』、勝山海百合『さざなみの国』、古谷田奈月『星の民のクリスマス』……という具合。狭義のファンタジーにかぎらず、マジックリアリズム小説や歴史・時代小説、純文学からユーモア小説まで、ほかの新人賞からはなかなか出てこないユニークな作品を次々に送り出してきた(というか、いわゆる異世界ファンタジーはほとんど受賞していない)。その後、さまざまなジャンルで活躍している受賞者が多いのも特徴。
 大人気シリーズの記念すべき第一作となった畠中恵『しゃばけ』は、2001年の同賞優秀賞受賞作。主人公は、お江戸日本橋の廻船問屋兼薬種問屋の跡取り息子。生まれついての虚弱体質で、めったに外出もできないが、妖怪や神様と話ができる特殊能力の持ち主。この若だんながおなじみの妖怪たちの力を借りてさまざまな事件を解決してゆく――というのがシリーズの基本。毎回趣向を変えながら二十年以上も書き継がれ、最新刊は二十一巻。総発行部数は一千万部目前にまで達している。2016年には、シリーズを対象とする新設の吉川英治文庫賞(第一回)を受賞した。この11月末には、第十九弾『いちねんかん』が文庫化される予定。
 それと同時に新潮文庫から刊行される遠田潤子月桃夜』は、第二一回(2009年)の日本ファンタジーノベル大賞を受賞したデビュー長編。薩摩藩支配下の奄美大島を舞台に兄妹の物語を切なく力強く語る歴史ファンタジーの力作だ。著者はその後、『アンチェルの蝶』、『雪の鉄樹』、『冬雷』、『オブリヴィオン』など次々に個性的な話題作を発表。2020年には『銀花の蔵』で直木賞候補にも選出されている。
 その『月桃夜』と第二一回の大賞を分け合ったのが小田雅久仁『増大派に告ぐ』。寡作ながら、著者の作品はきわめて評価が高く、『本にだって雄と雌があります』につづく三冊目にして最新の単行本『残月記』は第四三回吉川英治文学新人賞を受賞している。
 2006年に『闇鏡』(文庫版タイトル『ゆかし妖し』)で第一八回の優秀賞を受賞しデビューした堀川アサコは、すでに著書が四十冊を超える人気作家。この11月末には新潮文庫nexから『伯爵と成金―帝都マユズミ探偵研究所―』に続く《帝都マユズミ探偵研究所》シリーズ第二弾、『悪い麗人―帝都マユズミ探偵研究所―』が出る。
 昨年、『心淋し川』で第一六四回直木賞を受賞した西條奈加も、日本ファンタジーノベル大賞の出身。近未来の日本に出現した鎖国状態の「江戸国」を舞台とする明朗SF時代小説『金春屋ゴメス』で2005年の大賞を受賞した。こちらは今年になって、シリーズ第二作の『金春屋ゴメス 芥子の花』ともども、新潮文庫nexから新装版が登場。来年には待望ひさしいシリーズ第三作の刊行も予定されている。
 では、リニューアル以降の日本ファンタジーノベル大賞はというと、柿村将彦隣のずこずこ』、大塚已愛鬼憑き十兵衛』、藍銅ツバメ鯉姫婚姻譚』など注目の受賞作は出ているものの、受賞者が大活躍とまでは至っていない。勝負はまだこれからだろう。
 先に挙げた三作と同時に新潮文庫から出る高丘哲次約束の果て―黒と紫の国―』は、日本ファンタジーノベル大賞2019の大賞受賞作。『後宮小説』にオマージュを捧げる架空歴史ファンタジーの快作だ。高丘哲次の第二作は来春にも刊行されるようなので、文庫化の機会にぜひデビュー作を読んでみてほしい。

(おおもり・のぞみ 書評家/翻訳家)
波 2022年12月号より

若だんな危機一髪!

縄田一男

 還暦を過ぎた男がこんなことを書くと目をむく方がいるかもしれないが、私が楽しみにしているTVアニメに「夏目友人帳」がある。原作の漫画を読んでいないのは申し訳ないのだが、途中から観はじめたため、スカパー!で第一話から録画し、劇場にも行った。
 両親がおらず、純粋だが淋しい日々を過ごしている夏目君と、彼にだけ見える、人から忌み嫌われ、やはり淋しい思いをしている妖(怪)が、互いの欠落した部分を補い合うという構成。そしてその両者を結びつけるニャンコ先生――私は『しゃばけ』を読むと、同じようなほのぼのとした匂いを感じる。
 江戸は通町で、廻船問屋兼薬種問屋を商っている長崎屋の若だんな一太郎は、「昨日は死にかけており、今日も亡くなりそうであり、明日は墓の内に入っても、誰も驚かない病弱者」。両親の溺愛を受け、奉公人たちは、若だんなに商売の苦労はさせまいと用心している。
 が、彼らより若だんなを案じているのは、妖たち。――というのも一太郎の祖母おぎんは齢三千年を生きた皮衣という大妖であり、ために長崎屋は、昔から妖と縁の深い家柄であった。そこで、一太郎のまわりには彼を案ずる(時には有難迷惑の場合もあるが)妖がわらわらと集まってくる。
 病弱な若だんなと妖たちの交流――ここにも互いに補完し合う、ほほえましい関係があるといえよう。
 ところが、その一太郎の日常が一変するのが、今回の『いちねんかん』だ。何しろ父の藤兵衛が女房のおたえと一緒に九州の湯治場に出かけて、一年間、店を留守にするというのだから、病気だろうが、死にかかっていようが、一太郎はそのあいだ長崎屋の主然としていなければならないのだ。
 なぜ、藤兵衛が湯治に出かけなければならないのかは、第十六弾の『とるとだす』を読めばお分かりになるのだが――えっ、とっくに読んだ、これは失礼致しました。とまれ、この一年間は、藤兵衛にとっては、病弱な一太郎が長崎屋の主としてつとまるかどうかを見定めるテスト期間でもある。従って本書は、シリーズの今後を占う上でも大きな分岐点であるともいえるだろう。
 両親が出かけた後、妖たちの協力を得て、何とか主に収まる一太郎。ところが、ふってわいたような新商売に絡んで、金に目のくらんでしまったある人物が、五十両という大金を持ち逃げするという事件が起こってしまう。だが、この不始末に対して、情理をわきまえた捌きを下して皆をびっくりさせたのが一太郎だ。たとえ病で伏っていても、長い間、家の中から人間というものを、じっと定点観測してきた者にしかこうした捌きはできないものだ。ということは、ふりかえって、作者自身の人間観照が優れているといえはしまいか。
 さて、快調の表題作の次は「ほうこうにん」。若だんなの身に何か起こっても大丈夫なように屏風のぞき金次を歴とした長崎屋の奉公人にしてしまおうという話だが、何しろ後者は貧乏神。長崎屋に災厄をもたらさないかと笑わせてくれるが、この金次の能力が意外なことに幸いする本書でいちばんミステリ色が強い作品。そして、奉公人の分というものもそれとなく描かれている。
 一方、「おにきたる」は、江戸に流行病がはびこる中、これをはやらせたのは俺だと、長崎屋に現われた五たりの鬼と疫病神が、下らぬ意地の張り合い。遂に大禍津日神様が御出座と相成る次第。
 また次の「ともをえる」では、一太郎は大坂は道修町の薬種仲買仲間・椿紀屋の婿選びの相談を受けるが、若だんなが選んだのは果たして――この話でも、表題作同様、若だんなの人間に対する定点観測が冴え、彼は妖ではなく人間の友を得ることになる。
 そして最終話「帰宅」は、シリーズの中でもかなり激しい乱闘劇が楽しめる。はたして、一太郎は店の主として及第点がもらえたのか。
 それにしても水木しげるの『墓場の鬼太郎』~『ゲゲゲの鬼太郎』等を見ても分かるように妖(怪)は私たちにとって敵であり友であった。『しゃばけ』はその水脈を継ぐ貴重な連作。人と妖の輪の何と楽しいことであろうか。

(なわた・かずお 文芸評論家)
波 2020年8月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

畠中恵

ハタケナカ・メグミ

高知県生れ、名古屋育ち。名古屋造形芸術短期大学卒。漫画家アシスタント、書店員を経て漫画家デビュー。その後、都筑道夫の小説講座に通って作家を目指し、『しゃばけ』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。また2016(平成28)年、「しゃばけ」シリーズで第1回吉川英治文庫賞を受賞する。他に「まんまこと」シリーズ、「若様組」シリーズ、「つくもがみ」シリーズ、『アコギなのかリッパなのか』『ちょちょら』『けさくしゃ』『うずら大名』『まことの華姫』『わが殿』『猫君』『御坊日々』『忍びの副業』などの作品がある。また、エッセイ集に『つくも神さん、お茶ください』がある。

畠中恵「しゃばけ」新潮社公式サイト (外部リンク)

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