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決定版 三島由紀夫全集 第29巻

三島由紀夫/著

6,380円(税込)

発売日:2003/04/10

書誌情報

読み仮名 ケッテイバンミシマユキオゼンシュウ29
シリーズ名 全集・著作集
全集双書名 決定版 三島由紀夫全集
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 796ページ
ISBN 978-4-10-642569-1
C-CODE 0395
ジャンル 全集・選書
定価 6,380円

新発見、未発表作品を完全収録する決定版全集! 

恋愛の哲学から技巧までを懇切に指南した「新恋愛講座」、軽快な筆致で綴る自伝的回想「わが思春期」他、「亀は兎に追ひつくか?」「現代小説は古典たり得るか」等、昭和30年~32年の多様な作品129編。

目次

新恋愛講座
電気洗濯機の問題
正月の平常心――川端康成氏へ
岸田賞受賞の感想
無題 (「新劇」扉のことば)
無題 (第二回「新潮」同人雑誌賞選後評)
私の抱負 (「新潮文庫」広告文)
日本的湿潤性へのアンチ・テーゼ――山本健吉氏「古典と現代文学」
歴史の外に自分をたづねて――三十代の処生
わが銀座
ウラノワのジュリエット――ソ聯のバレー映画をみて
なやまし電話訪問
無題――週刊新潮掲示板 (「文壇ボディビル協会……」)
ラディゲに憑かれて――私の読書遍歴
班女について (「私は『班女』といふお能が……」)
無題 (奥野健男著「太宰治論」評)
ぼくの映画をみる尺度・シネマスコープと演劇
文芸批評のあり方――志賀直哉氏の一文への反響
無題 (吉村貞司著「三島由紀夫」推薦文)
マダム・べらみ
わが古典――古典を読む人々へ
小説的色彩論――遠藤周作「白い人・黄色い人」
わが漫画
作者の言葉 (「鹿鳴館」)
「卒塔婆小町」について
作家の二十四時
不定の弁――現代作家の朝から夜中まで
無題 (全国同人誌会員文芸推薦小説詮衡経過)
わが魅せられたるもの
米国版千夜一夜――N・メイラー作山西英一訳「鹿の園」
あとがき (「近代能楽集」)
文学者と速記
藤島〓輔著「孤独の人」序
うますぎて心配 (藤島泰輔著「孤独の人」)
石原慎太郎氏
永遠の旅人――川端康成氏の人と作品
無題 (「ミスター文壇」)
無題 (桂芳久著「海鳴りの遠くより」推薦文)
伝言板――私が探してゐる本
おくがき (「詩を書く少年」)
「処刑の部屋」の映画化について
私の敬愛する作家 (「坂口安吾選集」推薦文)
無題――週刊新潮掲示板 (「ボディビルのお陰で……」)
澁澤龍彦訳「マルキ・ド・サド選集」序
わが半可食通記
鴎外の短篇小説
自己改造の試み――重い文体と鴎外への傾倒
西部劇礼讃
私の永遠の女性
解説 (芥川龍之介著「南京の基督」)
亀は兎に追ひつくか?――いはゆる後進国の諸問題
「潮騒」のこと
祭の季節――粋な若衆は誰でせう
ボディ・ビル哲学
「鹿鳴館」について (「どうも予告だふれに……」)
或る寓話
捨て難い小品
文学とスポーツ
体操と文明――浜田靖一著「図説徒手体操」
ボクシングと小説
私の原作映画
陶酔について
夭折の資格に生きた男――ジェームス・ディーン現象
折口信夫氏の思ひ出
呉茂一の「ぎりしあの詩人たち」評
死んだアイドル生きてゐるイメージ
椎名麟三氏の新作について
「鹿鳴館」について (「書く前、……」)
盛りあがりのすばらしさ
「鹿鳴館」について (「鹿鳴館時代といふものには、……」)
元禄版「オルフェ」について
わが思春期――次号より新連載
わが思春期
個性の鍛錬場――もし私が文芸雑誌を編輯したら
楽屋で書かれた演劇論
無題 (第三回「新潮」同人雑誌賞選後評)
「鋪道の花」の芽生えの頃
美しきもの
きのふけふ
文壇崩壊論の是非
時の言葉
作者の言葉 (「綾の鼓」)
ボクシング・ベビー
小池朝雄さん
文字通り“欣快”
八月十五夜の茶屋
川端康成の東洋と西洋
私の商売道具
あとがき (「鹿鳴館」)
鉢の木会
「神童」について
学習院の卒業式
「ブリタニキュス」修辞の弁
「赤絵」巻頭言
復返熊野春
「サーカス」について
「智恵子抄」に期待する
作者の寝言
修辞者あとがき
「お茶と同情」の映画化
ドイツ語の思ひ出
厨房手実……
コリン・ウィルソン「アウトサイダー」をめぐつて
無題 (江口清著「天の手袋」推薦文)
長篇小説の劇化――「金閣寺」について
神西さんの最後の面会
現代小説は古典たり得るか
青春の倦怠
佐藤春夫氏についてのメモ
私のすぽーつ――セカンド・ウインド
無題 (井上友一郎著「瀕死の青春」推薦文)
松浦精神
班女について (「『班女』は私の……」)
解説 (神西清著「灰色の眼の女」)
無題 (神西清著「灰色の眼の女」推薦文)
俵屋宗達
編集後記 (「総合」)
現代生活の詩
私の見た日本の小社会
出発の弁
「朝の躑躅」について
ニューヨークでミュージカルを見て
学習院大学の文学
いづれ春永に
日本文壇の現状と西洋文学との関係――ミシガン大学における講演
著者の言葉 (「三島由紀夫選集」)
谷桃子さんのこと
旅の絵本
背景をニューヨークに替へる――三島由紀夫「近代能楽集」の上演を語る

 解題・校訂

書評

波 2003年12月号より 三島由紀夫全集の現在 決定版 三島由紀夫全集

田中美代子

 さしも広大な三島由紀夫の世界も、この十一月に、第三十六巻(評論十一)までまとめられて、一段落。平成十二年十一月の刊行開始からまる三年、私たちは山坂を越え、息もつかずにここまで登りつめた、という感慨が深い。
 今回の決定版全集は、没後の第一回全集を経て三十年、山中湖村に開設された三島由紀夫文学館の協力を得て、少年時代の習作、草稿、創作ノートなど、久しく待たれていた未公開資料が収録できたのは、何よりもうれしいことである。
 当時に比べて研究が充実深化するのは当然としても、三島文学には、これを取り巻く一種魔的な磁界があって、絶えずマニヤックな研究家、コレクターをひきよせるかのようであり、佐藤秀明、井上隆史、山中剛史氏をはじめ、編集協力の諸氏は、いずれも“考古学者の執念をもつ”資料発掘の鬼であり、時には古代文字解読のアクロバット的努力をも要して、全体像は雲間から徐々にその威容を現しつつある。
「全集には断簡零墨まで収録すべし」というのが、そもそも旧全集からの著者の遺言だが、無論これは“三島由紀夫ならでは”の自負の言と読める。四方に飛び散った飛沫の一粒々々が、ことごとく小さな光を宿して燦めくように、呪術にかかった言葉たちは読者の魂を痺れさせ、誰しも一滴まで、その醍醐味を追求せずにはいられないのだ。
 さて因縁の十一月、無事「檄」までを収め終って一息いれ、次の巻からはいよいよ第二段階に入る。
 詩歌(第三十七巻)、書簡(第三十八巻)、対談・鼎談・座談(第三十九・四十巻)、音声(CD)(第四十一巻)、作品年表、著書目録、被翻訳作品目録、上演・上映・放送目録、年譜(第四十二巻)、さらに、当初の予定にはなかった補巻を追加する予定で、補遺(小説、戯曲、評論、翻訳、創作ノートなど、刊行途中で発見されたもの)、参考文献一覧、索引などが収録される。いずれも新しい収録編纂で、完璧を期するため、今後は、原則として隔月刊の予定である(旧全集では不可能だったCDによる自作朗読なども、時満ちての収録である)。
 第三十七巻の詩歌では、今回初収録のものが四八六篇(旧全集一七二篇)で、これは主に幼・少年時代に書かれたものであり、手づくりの詩集やノート十六冊から収録された(三島由紀夫文学館蔵の二冊以外は、あとで三島家から発見されたもの)。
 これらは、あの短篇小説「詩を書く少年」の背景をなすもので、作中の「一週間詩集」なども実際に存在したことが確認される。十代後半には殆ど終息してしまうその旺盛な詩作活動は、たしかに三島文学形成期の秘密の鍵であることはまちがいがない。
 第三十八巻の書簡。戦時中、勤労動員先の工場から両親宛に出された二十七通、「花ざかりの森」刊行時、世話になった富士正晴宛の十九通、戦中戦後の文学活動の一端が知られる中河与一宛八通、中村光夫宛二十八通は、心安い先輩への打あけ話。眷恋の「サロメ」上演のため、台本の使用許可依頼から公演まで一連の経過がわかる日夏耿之介宛の六通。幸福な同時代者・澁澤龍彦宛三十六通、だが友情にヒビの入りそうなモデル問題(「暁の寺」の独文学者)にはいち早く弁解の一通。神風連取材にまつわる荒木精之宛九通など、大半は未公開の書簡であり、その時々の生活や執筆の背景があざやかに浮かびあがってくる。
 北杜夫宛十通の内の一通などはいかにも微笑ましく、公表すれば悪口となるべき書評が、雑誌にはあえて別のものと差し替え、そのまま友情溢れる私信に化けてしまうという経緯が分かる。
 第三十九・四十巻。対談・鼎談・座談は、全体で三百篇以上もある。大方は評論と遜色のない充実したもので、旧版では割愛せざるをえなかった単行本、たとえば林房雄との「対話・日本人論」、中村光夫との「対談・人間と文学」、伝説の「討論 三島由紀夫vs.東大全共闘」、さらに、対談集「尚武のこころ」「源泉の感情」。また文壇のみならず、演劇界、映画界、政財界などにわたる、当時の華やかな交友関係が偲ばれる。
 補巻は拾遺集で、三島由紀夫の潤色・NLT公演「リュイ・ブラス」台本、また三島由紀夫文学館蔵の新発見の作品では、中等科四年時代の作文「神官」「冬山」、さらに「梅枝」「菊薫る環物語」「二令嬢」、幻の作「模倣の恋」創作ノートなど解読すべき作品が山積しており、当分資料探索の旅が続きそうである。「僕は鯨と同じで、骨も筋も皮も無駄に捨てられるものは何もないんだ」という三島由紀夫の言葉を噛みしめている現場である。

著者プロフィール

三島由紀夫

ミシマ・ユキオ

(1925-1970)東京生れ。本名、平岡公威(きみたけ)。1947(昭和22)年東大法学部を卒業後、大蔵省に勤務するも9ヶ月で退職、執筆生活に入る。1949年、最初の書き下ろし長編『仮面の告白』を刊行、作家としての地位を確立。主な著書に、1954年『潮騒』(新潮社文学賞)、1956年『金閣寺』(読売文学賞)、1965年『サド侯爵夫人』(芸術祭賞)等。1970年11月25日、『豊饒の海』第四巻「天人五衰」の最終回原稿を書き上げた後、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決。ミシマ文学は諸外国語に翻訳され、全世界で愛読される。

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