新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

日本の輪郭

 日曜夜のゴールデンタイムに、「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ系)という人気番組があります。TOKIOのメンバーが田舎暮らしやら何やらに挑戦するバラエティ番組なのですが、3年がかりで芋からコンニャクを作るとか、なかなか体験できないようなことを映像化していて、つい毎回観てしまいます。

 とりわけ私が気に入っているのは、ソーラーカーで日本列島の海岸線を一周しようという企画です。日中しか走れないから否応なくのんびりした旅になるのですが、「各駅停車の旅」以上にそれぞれの土地の現在を知ることができて実に面白い。何よりも、名所旧跡には目もくれず、車で目に留まる範囲の「日常の暮らし」を追いかけようというのがいい。たくまずして日本再発見の旅になっているのです。東京から出発して北回りで日本海沿いを南下、いまようやく九州に入ったところですが、この後の北上の旅も、「こういう旅をしてみたいなあ」とうらやましがりながら、きっと観てしまうことでしょう。

 この「ソーラーカー日本一周」は、いわばバラエティ番組の形を借りた、一種のルポルタージュだと言っていいかもしれません。ルポルタージュといえば、何やら社会悪を告発するようなもの、眉間にシワを寄せて読む(観る)ようなものを連想しがちですが、そういうものだけとは限りません。楽しみながら現場を歩くルポがあってもいいし、いろいろなスタイルのルポがありうるわけですから。
 社会の仕組みがどんどん複雑になっているいま、これからますますルポルタージュという手法は必要とされていくように思います。世の中は知りたいことだらけなのに、自分ではとてもその現場は見て回れない。たとえば、家電製品、食べ物、衣類……輸入が急増する中で、その流通の現場はどうなっているのか。外国人労働者の存在はいまや日常の風景になっているけれども、その実態はどうなっているのか。ビルの建設ラッシュの背景には何があるのか。スギ、ヒノキの林業はどういう状況なのか――。
 挙げていけばキリがありませんが、日常の暮らしを支える現場すら、あまりに遠くなってしまった時代です。とにかくまずは、「それぞれの現場」に入り込み、現実はこうなっていると伝えること。それを誰かがやらなければいけないのではないでしょうか。
 つまりは、現在の日本社会の「輪郭」を描く作業ですね。

 かつては活字の世界で、特に雑誌という舞台で、さまざまなスタイルの優れたルポが競い合うように掲載されていた時代がありました。しかし、いまでは話題性のある事件記事や、「理屈」「意見」に押されて、めっきり減ってしまったように思います。ルポには手間とコストがかかりますし、その割にもともとが地味ですから大きく話題になることは少ない。だからこのご時世では企画になりにくいという面もあるでしょう。
 でも、一方のテレビの世界では、バラエティや社会情報系番組の装いの中でいろいろ面白い試みがなされているのです。たとえそれが苦肉の策であったとしても、その工夫は立派だと思います。
 やはり活字の周辺に生息する者としては、日本社会の「いま」を描いた優れたルポを活字で読みたいと切に思います。派手な事件や話題の出来事だけではなくて、日々の暮らしの背後にある社会の輪郭をじっくりと読んでみたい……。

 まあそんなわけで、新書という媒体で果たしてどこまで可能かわかりませんが、新潮新書はルポ的な色彩の濃い作品も意識していきたいと考えています。
 今月刊はたまたまそういう作品が揃いました。
日本の国境』(山田吉彦著)は、まさに「国境の現場」を訪ねながら、文字通り、日本という国の「輪郭」を浮かび上がらせたものです。日本は陸地面積は広くありませんが、主権的権利を持つ排他的経済水域(EEZ)は、なんと世界で6番目の広さなのだそうです。しかも、この“領海”はフィリピンとも接しています。私は本書を読んで、日本という国の海の広がりを、初めて実感できました。
 本書は国境の島々のルポを交えながら、日本の国境の歴史をたどり、今日わが国が直面しているさまざまな問題を浮かび上がらせます。中国潜水艦や北朝鮮工作船の現実、そしてもちろん竹島問題についても、その本質がよくわかるはずです(ちなみに著者の山田さんはマラッカの海賊問題のエキスパートでもあります)。
 『夢と欲望のコスメ戦争』(三田村蕗子著)も、いわば化粧品の舞台裏に迫ったルポといえるでしょう。落ちない口紅をめぐるメーカーの攻防、マスカラの開発競争、百貨店の裏側、女性誌の内幕……化粧品に縁のない男性諸氏にとっては、特に新鮮な驚きを感じていただけると思います。私は本書を読んでから、化粧品のCMを見る目が変わりました。ちょっと異色のオビにしましたが、びっくりせずに是非読んでみてください。

2005/03