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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

驚きとハッパの話

 本を読むのが好きで本を作る会社に入って本を作っている。
 そんな毎日を過ごしているのだと、子どもの頃の自分に言えば、「よかったね」と言うのでしょうし、実際、よかった気もしますが、一方で、あまりにも目を通す本が多くなってきたせいか、加齢のせいか、本を読んで新鮮な驚きを感じることは減ってきた気がします。
 もちろん「いいなあ」「面白いなあ」という本は一杯ありますが、「こんな本、読んだことない」といった驚きは滅多に感じなくなっているのです。
 そんな私が最近、一番驚いたのは6月刊の『脳が壊れた』(鈴木大介・著)です。
 鈴木さんは『最貧困女子』(幻冬舎新書)の著者として、また人気漫画『ギャングース』(モーニングKC)のストーリー制作者としても知られるルポライターです。
 昨年、鈴木さんは41歳の若さで脳梗塞に襲われました。この本は、その脳梗塞とリハビリの体験を当事者がまとめた手記です。というと、「ありがちな闘病記じゃん」と思われるかもしれません。
 確かに、ジャンルとしては闘病記なのですが、この本は決して「ありがち」ではありません。
 刊行前に、養老孟司さんにゲラをお渡ししたところ、一晩で「読んだ」というお返事をいただき、次のような推薦文をいただきました。

「一気に読んだ。
『人が変わること』とは『脳が変わること』。その脳の変化を当事者が記録した、貴重なドキュメントである。ここまで克明に記録できたのは、これまでの取材、執筆経験の賜物だろう。
 脳がこわれた、と聞くと普通の人は絶望的な印象を受けるかもしれないが、必ずしもそうではない。読後感がとても明るいところもまた本書の貴重なところだろう。
 脳梗塞が、著者にとっては人生の修正につながった。『病気のせい』でものごとが悪くなるのではなく、『病気のおかげ』で結果オーライになることもあるのだ」

 笑いと涙と恐怖と感動の混在した、前代未聞のドキュメントです。多分、誰が読んでも驚くと思います。

 6月の新刊、他の3点もご紹介します。

広島はすごい』(安西巧・著)は、日本経済新聞広島支局長による広島論。広島カープ、マツダ、有吉弘行、綾瀬はるか等々、このところ広島関連の企業や人に妙に勢いがあることにお気づきでしょうか。赴任してすっかりこの土地に魅了されてしまった著者が、その魅力、活力の源を探ります。
日本的ナルシシズムの罪』(堀有伸・著)は、福島県在住の精神科医が、日本人及び日本を精神分析した力作です。「日本的ナルシシズム」の一例は、「無理して頑張っている俺ってカッコいい」といった考え方。このようなナルシシズムが、個人のみならず日本に蔓延している、という指摘にはハッとさせられる人も多いのではないでしょうか。
ジブリの仲間たち』(鈴木敏夫・著)は、スタジオジブリの名プロデューサーである鈴木さんが、これまでの仕事の中で「宣伝と広告」について語り尽くした1冊。カンヌでの受賞も記憶に新しいところですが、なぜスタジオジブリは勝ち続けるのか、その秘密が惜しげもなく公開されています。
 個人的には、この本を読んでとても勇気づけられました。
 様々なトラブル、困難に向かっても鈴木さんは決して諦めずに、仲間たちと「次の打つ手」を考え、打開してきました。そのストーリーが平易に、かつ明るいトーンで語られていきます。本全体から「希望」が感じられるのです。
 宣伝にしても、PRにしても、もう出来ることはやってしまって、新しい手なんて見つからないのではないか。もう私たちは行き詰まっているのではないか。ネットが主流の時代に、何が出来るのだろうか。そんな感じに、ついつい悲観的になってしまいそうな脳ミソに対して、「甘いことを言っているんじゃない。まだまだ出来ることは一杯あるじゃないか」とハッパをかけられたような気持ちになったのです。

 本が好きで本を作る会社にいて本を作っている以上は、日々の仕事を面白がっていこう、と改めて思うのでした。

2016/06