新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

裏社会の話

 カッコいい、素敵と思った対象に憧れ、自分もああなりたいと思う。それはとても自然な感情で、野球選手やサッカー選手や芸能人になった多くの人が子供の頃にそういう風に考えたのでしょう。
 私が子供の時にカッコいいと思っていたのは、アラン・ドロンでした。小学生の私の大好物は、ドロンがギャングなど裏社会の人間を演じる映画だったのです。「シシリアン」「ボルサリーノ」「暗黒街のふたり」等々。部屋に彼のポスターも貼っていました。その手の役が彼のはまり役ではあったものの、たまにカタギ役を演じることもあり、そういうのを見ると、何だかガッカリしたものです。
 しかし、いま考えれば不思議なほど、「僕も裏社会で生きたい」などと思うことはありませんでした。まったく憧れなかったのです。要は喧嘩も気も弱かっただけなんでしょうが、本当に良かったと思います。
 大人になり、記者になってからはその手の人と顔を合わせることもなかったわけではないのですが、お近づきになりたいとはまったく思いませんでした。怖いですし、ドロンとは似ても似つきませんでしたから。

 ギャングを「カッコいい」と思っても、「僕もそうなろう」と思わない人間と、本当にその道に邁進する人と、どこが違うのか。
 7月新刊『ヤクザになる理由』(廣末登・著)は、そうした疑問に犯罪社会学の立場から取り組んだものです。
 グレる人、更生する人、グレ続けてヤクザになる人の分岐点がどこにあるのか。自身、グレていた過去を持つ著者が、元組員らへの聞き取りをもとに、精緻に、かつ熱く分析しています。
 この本を読めば「出来の悪い奴がグレた末にヤクザになるんだろ」といった簡単な捉え方はできなくなるでしょう。

 他の新刊3点もご紹介します。

デジタル食品の恐怖』(高橋五郎・著)は、食品の安全性に警鐘を鳴らした1冊。現在の私たちの食べている加工食品の多くは、さまざまな国から寄せ集められたパーツによって組み立てられたスマホのようになっている、というのが「デジタル食品」というネーミングの由来です。一見、「安全」と思っているものが本当にそうなのか、という疑問がわいてきて怖くなります。
家裁調査官は見た―家族のしがらみ―』(村尾泰弘・著)もまた、ちょっと怖い内容です。家庭裁判所調査官として離婚や少年非行など多くの家族問題に関わった著者が、実際の事例をもとに、さまざまな家族の問題の本質を抉ります。家族の怖さをこれでもか、と描きつつも、臨床心理士の立場から回復の方法も示しています。
ゴジラとエヴァンゲリオン』(長山靖生・著)は、日本SF映画史上に残る2つのシリーズについて、SF研究の第一人者が薀蓄たっぷりに論じた、ディープで楽しい本です。エヴァンゲリオンの庵野秀明監督による「シン・ゴジラ」も7月29日公開とのことなので、両作品について知識を深めておくのも良いのではないでしょうか。

 偶然なのですが、7月は何かしら「恐怖」に関連した4冊となりました。暑くなってきたので丁度良い気がします。
 今月も新潮新書をよろしくお願いいたします。

2016/07