新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

恩師の話

 少し前に「AERA」で、高名なジャーナリストの青木理さんが、安倍首相について書いている記事を読みました。
 その中で、首相の大学時代のゼミの先生で恩師とされる方の証言が紹介されていました。要約すれば、大学時代の安倍さんは、あまり成績は大したことなく、さほどの主義主張も感じられない平凡な若者だった、というようなお話です。
 青木さんや、恩師の方は、どちらかというと安倍政権に対して批判的な見方をなさっているようで、記事全体からは「そんなノンポリで勉強もロクにしなかった若者が、こんなにエラくなって大丈夫なのか」という危機感が伝わってきました。
 政権への見方はさておいて、ありえないことなのですが、想像してしまったのは、もしもジャーナリストの方が、私の人生を取材した場合、大学のゼミの先生(心理学でした)は何と言うのだろうか、ということです。
「全然名前を見ても思い出せません。ということは、きっとロクに研究もしなかったんでしょうね。典型的な、大学に遊びに入ったような人でしょう」
 こういう正解が返ってくることでしょう。それに対して、聞き手が、
「でも、この男、今じゃ偉そうに教養新書なんてものを作っているんですよ」
 と聞けば、
「そんな資格あるんですかねえ。えっ? 心理学のものも扱っている? なんか図々しいね」
 くらいの返事が返ってくるでしょうし、それに文句は言えません。そう考えると怖くなります。
 人間の過去と現在の関係を考えた場合に、「昔○○だったくせに●●だなんて偉そうに」とするか、「昔○○だったのに●●になるとは立派なもんだ」とするかは、人それぞれでしょう。ただ、ジャーナリストではない私は、個人的には後者の考えをベースにしたいなあと思っています。その方がストレスが少ないような気がするのです。

 8月の新刊、『鋼のメンタル』(百田尚樹・著)は、ストレスでお悩みの方には最適の一冊です。
 この本は、前作『大放言』の打ち合わせの際、何度炎上してもへこんでいない(ように見える)百田さんに、弊社出版部長の中瀬ゆかりが、「そのメンタルの秘密を知りたい」と言ったところから始まった企画です。
 打たれ強さはどのような考え方から生れるのか。精神をどう鍛えればいいのか。
 百田さん流のメンタルコントロール術がユーモアを交えながら語られます。『不道徳教育講座』(三島由紀夫・著)や『うらおもて人生録』(色川武大・著)を想起させる、極上の人生論としても読める、と思いました。

 他の3点もご紹介します。

〈新版〉総理の値打ち』(福田和也・著)は、伊藤博文から安倍晋三に至るまでの歴代総理の業績をコンパクトにまとめて100点満点で大胆に採点した1冊。以前、文春文庫で出ていたものに、大幅に加筆をして新書版で刊行することにしました。「あの総理は何点だろう」と予想しながら読んでも楽しめますし、結果として日本の近現代史をおさらいすることもできる、お得な総覧です。
ヒラリー・クリントン―その政策・信条・人脈―』(春原 剛・著)は、「アメリカ初の女性大統領誕生」を見越して、一足早く刊行するヒラリー徹底研究。タイトル通り、この一冊を読めば彼女のすべてがわかります。ヒラリーへの単独インタビュー経験もあり、日米の政官界に太いパイプを持つ著者ならではのディープなインテリジェンスが満載です。
歴史問題の正解』(有馬哲夫・著)は、『原発・正力・CIA―機密文書で読む昭和裏面史―』など第一次資料をもとに新たな事実を発掘してきた著者の総集編とでも言うべき作品。今回も国内外の公文書館から掘り起こした資料から、次々と意外な事実を明らかにします。「日本は無条件降伏していない」と聞いて、「えっ?何で?」と思う方はぜひ読んでみてください。

 新書のブランドとしては最後発のくせに、新潮新書は今月も4点刊行しておりますので、よろしくお願いいたします。
2016/08