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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

不適切な物言いの話

 気になる、癇に障る、という人が多いわりになくならない物言いが、「勇気を与える」「感動を与える」です。特に、スポーツ選手などが「感動を与えたい」と言うのを聞くと、「もっといい言い方を誰かアドバイスできなかったものか」と思うのです。どうせ「感動」をキーワードにするのならば、「見ている人に感動を与えるプレイをしたい」ではなく、「見ている方が感動するようなプレイをしたい」でいいじゃないか、と。
 もっとも、そういうことを会社で言っていると、「あの人と話す時は気をつけなきゃ。うるさいから」と思われるので、あまり言わないようにしています。いや、もう思われているのでしょう。
 そういう人間にとって、5月新刊『不適切な日本語』(梶原しげる・著)は、「そうそう、その通り」と頷く記述の連続でした。しゃべりのプロである梶原さんは、日々、いろいろな言葉にひっかかり続けています。ただひっかかるだけではなく、それについてあれこれ調べたり、人に聞いてみたりするのが梶原さんのすごいところ。本書はその成果が結実した「日本語偏執帳」です。「感動を与える」問題についても触れています。

 その他の新刊3冊をご紹介します。

食魔 谷崎潤一郎』(坂本葵・著)は、「食」という切り口で文豪の人生と作品を切り取った評論。「三日に一遍は美食をしないと、とても仕事は手につかない」と述べていたほどの美食家、健啖家だけに、食べてきた料理、作中の料理は膨大です。和洋中の美味いものに加えて、「食とエロス」「まずいもの」「グロテスクなもの」にまで話は広がり、谷崎ファンならずとも楽しめる内容です。
格差と序列の日本史』(山本博文・著)は、官僚の「位」や政府の制度に注目した通史です。官僚制度の変遷を把握できれば、こんなに日本史の流れがわかるのか、ということに驚きました。学生や歴史を学び直そうと思う人に特にお勧めです。
違和感の正体』(先崎彰容・著)は、現在の日本に跋扈する「浅はかな正義」を斬った社会評論。さまざまな議論について、何となくモヤモヤと感じていた違和感を鮮やかに分析しています。とかくイデオロギーの衝突になりがちな議論に不毛さを感じている方にはぜひ読んでいただきたい1冊です。

 読んだ人に満足感を与える新書、ではなく、読んだ方が満足するような新刊が揃っております。

2016/05