新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

観光地の話

 飛行機が苦手なこともあり、たまの休日に行く旅行先は国内で、電車で行けるところがほとんどです。しかも、ギリギリまで行先を確定させないので、自然と行く場所は、大人気の観光地ではなくて、若干、出遅れ気味の残念感のあるところが多くなります。
 各地に行って思うのは、意外と名産品を推していない、ということです。もちろんそれなりの土産物などは揃えているのですが、あまりその土地で売る(買う)必然性のないものが多いのです。
 少し前に行った、ある自然豊かな土地にあるパン屋兼洋菓子屋さん。その店で、イチオシにしている焼き菓子を買って家に帰ってよく見たら、生産工場が自宅近所であることが判明して衝撃を受けました。もちろんどこで作ろうといいのですが、だったらそんなに推さないで欲しい、と思うのです。
 また、せっかくの食材をとにかく醤油と味醂で味付けしてしまう店が多いことも気になります。そりゃ醤油と味醂で味付けすれば、大抵のものは美味くなります。ティッシュペーパーだって喰えます。しかし、それでは素材の味も何もあったものではないと思うのです。

 11月新刊の『観光立国の正体』(藻谷浩介、山田桂一郎・著)は、『里山資本主義』等のベストセラーで知られる藻谷さんと、「観光カリスマ」として地方活性に尽力している山田さんの共著。政府の方針もあって、テレビや新聞では「日本も観光大国になるのだ!」と盛り上がっていますが、現場を熟知した著者2人は、「そんなに浮かれてどうする!」とばかりに厳しい意見をガンガン述べています。地元の発展を阻害する「ボスゾンビ」を追放せよ!といったメッセージの強さはとても刺激的です。
 この本を参考に、各地が本当の魅力を発揮してくれればなあ、と思います。

 他の新刊3点もご紹介します。

とらわれない』(五木寛之・著)は、84歳にしてなお現役バリバリで書き続けていらしゃる五木さんの元気の秘訣がわかる1冊。「もう年だから」「もう頭も固くなってきたから」といった思い込みにとらわれず、自由な精神を持つことの素晴らしさが伝わってきます。

会社はいつ道を踏み外すのか―経済事件10の深層―』(田中周紀・著)は、東芝、オリンパス等を舞台にした10の経済事件の裏側を描いたビジネス読み物。この手の事件は、専門用語が多くて、ついつい知っているつもりになりがちですが、専門用語が丁寧に解説されているため、本書を1冊読めば、大体の経済事件のカラクリが頭に入るはずです。ご自分の会社がヤバくないか、察知するためにも役立つでしょう。

医学の勝利が国家を滅ぼす』(里見清一・著)は、雑誌発表時に新聞、テレビなどでも大反響を呼んだ論考の書籍化。とてもよく効く画期的な「夢の新薬」が、医療費を膨張させ、国家財政を破綻させるリスクについて、現役の医師が正面から告発した衝撃の内容です。人間は何歳まで生きるべきなのか、という根源的な問いを考えていきます。

 4点とも、素材の味を活かした大変良い出来の新書ばかりです。
 今月も新潮新書をよろしくお願いいたします。
2016/11