新潮新書
先入観の話
少し前のことですが、作家の百田尚樹さんの一橋大学での講演会が、抗議活動が繰り広げられた結果、中止になるという事件がありました。その経緯はここでは省きますが、言論に関わる業界の人間として、とても残念だったのは、普段リベラル的な立場で発言している方の中でも、「百田さんの過去の言動が招いた結果だ」といった主旨の主張をなさる方がいたことでした。
過去の発言によって、未来の発言が封じられるというのは基本的にあってはならないことです。そういうことに抵抗の薄い方は、意外と戦時中に「戦争に水を差すのはけしからん」と言っていた人と通じるところがあるような気がしてしまうのです。
そもそも、一部の「アンチ」の人のイメージとは裏腹に、百田さんは別に好戦的な人ではありません。戦争大好きおじさんでもありません。ここには、途方もない誤解があるように感じます。
もっと一般論でいえば、出版や講演というのは、ある種の固定観念や先入観を覆すために有効なツールだと思います。「思っていたのと違った」というのが楽しいわけです。にもかかわらず、過去の言動(の一部)をとらえ、あるいは曲解したうえで、その人の言論を妨害するというのは、とても不健全なことのように思えてなりません。
8月の新刊『戦争と平和』(百田尚樹・著)を読めば、百田さんがどれだけ戦争について考え抜き、「日本は絶対戦争をやるべきではない」と真剣に思っているかがよくわかります。この本では、ゼロ戦や日本軍に対して驚くほど厳しい見方が示されているのです。『永遠の0(ゼロ)』については、戦争を賛美している小説だ、といった評価をする人もいましたが、いかにそうした見方が浅いかもわかるのではないでしょうか。日本人がどれだけ戦争に向いていないのかを、これでもか、と書いた、圧倒的説得力の反戦論です。
他の3点もご紹介します。
『笑福亭鶴瓶論』(戸部田誠〈てれびのスキマ〉・著)は、最後までひたすら面白い1冊。フレンドリーで、温和な鶴瓶さんしか知らない人は、その過激さに衝撃を受けるかもしれません。鶴瓶さんこそ「最強の芸人」であり、その根源には「スケベ」がある、という見立てで書かれた、画期的な芸人論です。
『習近平と永楽帝―中華帝国皇帝の野望―』(山本秀也・著)は、明の皇帝と比較することで、現代中国の「皇帝」の本質を浮かび上がらせた野心作。なるほどこう見れば彼らの論理はわかりやすい、と納得すること必至です。
『リベラルという病』(山口真由・著)は、「結局のところ、リベラルって何なの」という疑問に答えながら、アメリカを分断する「リベラル」と「コンサバ」の正体を明かした1冊。著者の山口さんは、東大首席卒業、元財務官僚、といったキャリアがクローズアップされることが多い方ですが、本書はハーバード・ロースクール留学中の知見も盛り込んだ本格的な論考です。理想や正義を追求してきた「リベラル」の現状と限界がよくわかります。
そんなわけでいろいろな先入観が覆される4冊を揃えました。
8月も新潮新書をよろしくお願いいたします。
過去の発言によって、未来の発言が封じられるというのは基本的にあってはならないことです。そういうことに抵抗の薄い方は、意外と戦時中に「戦争に水を差すのはけしからん」と言っていた人と通じるところがあるような気がしてしまうのです。
そもそも、一部の「アンチ」の人のイメージとは裏腹に、百田さんは別に好戦的な人ではありません。戦争大好きおじさんでもありません。ここには、途方もない誤解があるように感じます。
もっと一般論でいえば、出版や講演というのは、ある種の固定観念や先入観を覆すために有効なツールだと思います。「思っていたのと違った」というのが楽しいわけです。にもかかわらず、過去の言動(の一部)をとらえ、あるいは曲解したうえで、その人の言論を妨害するというのは、とても不健全なことのように思えてなりません。
8月の新刊『戦争と平和』(百田尚樹・著)を読めば、百田さんがどれだけ戦争について考え抜き、「日本は絶対戦争をやるべきではない」と真剣に思っているかがよくわかります。この本では、ゼロ戦や日本軍に対して驚くほど厳しい見方が示されているのです。『永遠の0(ゼロ)』については、戦争を賛美している小説だ、といった評価をする人もいましたが、いかにそうした見方が浅いかもわかるのではないでしょうか。日本人がどれだけ戦争に向いていないのかを、これでもか、と書いた、圧倒的説得力の反戦論です。
他の3点もご紹介します。
『笑福亭鶴瓶論』(戸部田誠〈てれびのスキマ〉・著)は、最後までひたすら面白い1冊。フレンドリーで、温和な鶴瓶さんしか知らない人は、その過激さに衝撃を受けるかもしれません。鶴瓶さんこそ「最強の芸人」であり、その根源には「スケベ」がある、という見立てで書かれた、画期的な芸人論です。
『習近平と永楽帝―中華帝国皇帝の野望―』(山本秀也・著)は、明の皇帝と比較することで、現代中国の「皇帝」の本質を浮かび上がらせた野心作。なるほどこう見れば彼らの論理はわかりやすい、と納得すること必至です。
『リベラルという病』(山口真由・著)は、「結局のところ、リベラルって何なの」という疑問に答えながら、アメリカを分断する「リベラル」と「コンサバ」の正体を明かした1冊。著者の山口さんは、東大首席卒業、元財務官僚、といったキャリアがクローズアップされることが多い方ですが、本書はハーバード・ロースクール留学中の知見も盛り込んだ本格的な論考です。理想や正義を追求してきた「リベラル」の現状と限界がよくわかります。
そんなわけでいろいろな先入観が覆される4冊を揃えました。
8月も新潮新書をよろしくお願いいたします。
2017/08
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