新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

養老先生の話

 何かをきっかけに「そういえばこの件、養老孟司先生が書いていたなあ」と思うことがあります。 最近のことでいえば、たとえばビットコインなどのいわゆる仮想通貨について。
 2003年刊行の『バカの壁』ではすでに、そうしたものの流行を予見したような文章があります。
「金というと、何か現実的なものの代表という風に思われがちですが、そうではない。金は現実ではない」
 正直に言えば、当時この文章を読んだときに「いや、金は現実でしょう」と思ったのですが。
 また、たとえば最近話題になることが多い政治家の不倫問題について。2006年刊行の『超バカの壁』ではこんな分析をしています。政治家は選挙中に子供を作っていることが多い。それは一種の「お祭り」に興奮していて、非日常的な頭になっているからだ、と。そしてこう書いています。
「政治家に女性問題がつきものになっているのもそれが理由です。それを昔は格好よく『英雄色を好む』と言っていたわけです」
 養老先生が何気なく話をしていたことが、あとになって「そういうことか!」とわかることは珍しくありません。福島第一原発事故からわずか1ヶ月ほどの時点で、このように語っていらっしゃいました。
「気をつけないといけないのは、糾弾をやりすぎることです。これだけの被害が出ているから、責任は問われてしかるべきですが、過度になると、関係者が正直に報告をしなくなる可能性があります。すると結果的に教訓を得にくくなるのです」(『復興の精神』)

 11月新刊の『遺言。』はその養老先生の久しぶりの書下ろし。今年80歳になる先生が、今の人たちに言い遺しておきたいと思ったことを書いた本です。タイトルはあくまでもその「言い遺しておきたい」という気持ちから取っただけで、ご本人はピンピンしています。たぶん普通の80歳よりも元気です。
「自然のものを一日10分見ると、頭がよくなりますよ」
 養老先生はこう仰います。その意味が今一つよくわかっていませんでしたが、この本を読むととてもよくわかります。
 人間関係やデジタル化した社会に疲れている方には特効薬としても有効でしょう。

 他の新刊3点もご紹介します。

たべたいの』(壇蜜・著)は、あの壇蜜さんの食エッセイ。「トッピングの生ハムはオーブンに入れてもまだ生なのか」といった深遠なテーマについて考察を繰り広げます。かなりの名文家であることが証明された1冊です。

軍事のリアル』(冨澤暉・著)は、元陸上自衛隊幕僚長による率直すぎる軍事論。「軍隊を持つと戦争になる」といった平和ボケの議論を徹底的に論破します。現場で考え抜いた論理は、リアルで、国会で見られる凡庸な議論とは比べ物にならない説得力があります。本当に平和を求めるならば、前提とすべき見識が詰まっています。

「新しき村」の百年―〈愚者の園〉の真実―』(前田速夫・著)は、文豪・武者小路実篤が夢見たユートピア「新しき村」の誕生から現在までを丹念に辿った労作。「現在?」と思われる方もいるかもしれませんが、「新しき村」は今なお存在しています。武者小路先生の元担当編集者でもある著者が、この壮大な試みの理想と現実を描きます。

 養老先生は今年80歳。それでも新しい視点を提示し続けています。
 はなから勝負にはなりませんが、こちらも負けないようにしたいものだとぼんやりと思っています。
 今月も新潮新書をよろしくお願いします。
2017/11