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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

新型ウイルスの影響の話

 新型コロナウイルスの影響でいろいろなイベントが中止になっており、また会合も延期、キャンセルとなっています。編集部で小さい子どもを持つ部員は、一斉休校でダメージを受けています。「総理が休校を要請した」という一報が流れた時にはパニックになってよその部署から新書編集部に駆け込んできた人もいたと聞きます。当然ながら我々には何の権限もないのでただ聞くことしかできません。
 自分自身の仕事にはあまり影響がないものの、何となく活動量が減っている感じもしますし、来るメールも減っている気もします。社内の会議でも無くなったものもあります。大体、他の会社と同じような感じだと思います。在宅ワークの人が少ないのは意外でした。みんな社員食堂が好きなのも理由でしょうか。
 個人的には楽観論に立ってしまいがちな性質ですが、実際のところどうなるのかは当然まったくわかりません。そんな時には余計なことは言わず、地道に真面目に働くのが良いのではないか。そう考えて、さっそく3月新刊をご紹介することといたします。

習近平vs.中国人』(宮崎紀秀・著)は、中国で取材を続けるテレビディレクターによる迫真のレポート。中国人が共産党と戦うために一斉蜂起! というようなことではなく、いろいろな場所でいろいろな中国人が独裁体制と戦ったり、抗ったりしている様を伝えるドキュメントです。堅苦しい内容ばかりではなくて、面白い中国ネタがたくさん詰まっています。
「エロ腐敗官僚」の話や「蒼井そら(中国で大人気の日本人AV女優)」の話もあれば、本当に深刻な「人権派弁護士の不当拘束」の話まで、独裁国家における人間ドラマを読むうちに著者は拘束されないのかと心配になってきます。
 実際に、「プチ拘束」されることは日常茶飯事だそうですが、それでも「中国の真実を世界に伝えることが、中国人民のためにもなる」という使命感を持って取材をしているそうです。

倉本聰の言葉―ドラマの中の名言―』(碓井広義・編)は、言わずと知れたドラマ界の巨匠のこれまでの作品から厳選した名セリフ集。
「子どもがまだ食ってる途中でしょうが!!」(北の国から)
「同情ってやつは男には――つらいんだよ」(同)
「威張っているのは親の権利です。よけいな遠慮はやめるべきです」(前略おふくろ様)
「女口説くのにウソはいけねぇよ」(やすらぎの刻〜道)
 役者さんの名前も入っているので、それぞれの声が脳内で響くはずです。

トラックドライバーにも言わせて』(橋本愛喜・著)は、元ドライバーの女性ライターが、「横柄」「乱暴」と公道で嫌われがちな彼らの実情をユーモラスかつロジカルに語った珍しい本です。
 たとえばトラックの運転手さんが休憩中にハンドルに足をのせて「ふんぞり返っている」姿を見ると、「柄が悪い」「偉そう」と思うかもしれません。子どもに見せたくない、とも。でも、あれは眠らずに短時間休憩するための生活の知恵なのです。
 公道においても「ノロノロ運転」とか「幅寄せ」とかで怖い思いをした方もいるでしょうが、それとてトラックという乗り物の特性によるところが大きいことも本書を読むとよくわかります。
 時間指定までできる配達という世界的に見ても稀なサービスを我々が享受できるのは、言うまでもなくトラックドライバーさんたちのおかげです。大変な労働環境の下で黙々と働く彼らのことがわかると、見る目も優しくなるでしょう。

日中戦後外交秘史―1954年の奇跡―』(加藤徹林振江・著)は、秘史発掘モノ。1954年といえば、敗戦から10年足らずなので、まだ中国に残された日本人が多くいました。しかし、国交がないので引き揚げ交渉は進んでいませんでした。というか、どこに誰がいるかもよくわかっていなかったのです。中国の側も、まだ国際社会の仲間入りができていませんでした。そんな時に、中国から派遣されたのが李徳全という女性。厚生大臣兼中国赤十字代表です。この女性が日本各地で人気を呼び、結果として国交のない中国との間で話がうまく進んでいきました。
 ほとんど忘れ去られていたこの話を、著者たちは読み物としても楽しめるように書いています。この話を「日中外交の心温まるいい話」と受け止めるか、「中国の情報戦の巧みさ」と受け止めるか、そこは人それぞれかと思います。
 その受け止め方はもしかすると、新型コロナウイルスの件の顛末や、習近平国家主席のこれからの振る舞いによっても変わってくるのかもしれません。

 新年度がもっと明るいムードになっていることを祈ります。
 3月も新潮新書をよろしくお願いします。
2020/03