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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

東京2020閉幕のあとに

 

 先日、某作家と都心の某ホテルで打合せがありました。オリンピック開催を当て込んだ最新の高層ホテルは動く人影もまばらで、ラウンジに映える鮮やかな夜景も何だかシュールな雰囲気。「戦争を体験して、あれ以上のことは起こらないと思ってたけど、まさかこんな時代が来るとはね......」、ため息まじりにそう話すのが印象的でした。
 確かに「緊急事態」にも慣れっこになった今、歴史的な変化のさなかにいるとも言えそうですが、コロナ禍の中でも平時でも、なぜか理屈に合わない妙なことをしでかしてしまうのが人間の不可思議です。9月新刊のイチ推し、百田尚樹さんの『アホか。』は、日々のニュースの中で思わず、「アホちゃうか!」とツッコまずにいられないような92の事件簿。歯に衣着せない鋭い論評と併せて、うっとうしいご時世に一服の清涼剤です。
イルカと心は通じるか―海獣学者の孤軍奮闘記―』(村山司・著)は、教養と面白さを兼ねそなえたポピュラーサイエンス。近年ベストセラーとなった『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)のように、科学的知見だけでなく、常人には理解しがたい研究生活も注目されるようになりました。イルカの認知と知能というレアな研究分野、しかも船に乗れない体質で、扱うのはもっぱら水族館のイルカたち、そんな海獣学者が挑んだ30余年、孤軍奮闘の記録です。 『ビートルズ』(北中正和・著)は、解散から50年余りを過ぎて今なお新しい、別格のレジェンドにポピュラー音楽評論の第一人者が真正面から挑みます。世界の民族音楽への深い造詣を生かして数々の名曲に潜む歴史的背景をひもとく、マニアも納得の入門書です。今秋、注目のドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ:ゲット・バック」が配信公開される予定で、映像と文字と併せて名曲を聴き直すガイドとしてふさわしい一冊です。
 日本人は伝統的にも今に至るも、「海外から日本がどう見られているか」がとても気になる国民性があり、それが外国人による日本論の名著が相次いで生まれる素地となっています。『世界の知性が語る「特別な日本」』(会田弘継・著)では、政治・外交、思想に通じた元共同通信の名物記者が、長いキャリアを通じて、世界的な知識人、政治家、文化人らに重ねてきたインタビューをまとめて紹介。生身の問答を通して浮かび上がるこの国の功罪は、混沌とした現代から将来への貴重な示唆となっています。
2021/09