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ジブリ映画「風立ちぬ」を深く理解するための新潮文庫4作品



 Yonda?Mail購読者の皆さん、こんにちは。

 7月20日に公開されたスタジオジブリのアニメ映画「風立ちぬ」。巨匠宮崎駿監督5年ぶりの長編、しかも“宮崎駿の遺言”なんて煽られたら、見逃すわけにはまいりません。さっそく観てきました。

(以下、「風立ちぬ」のネタバレありです。ご注意を)

 1930年代に青春を送った二人の人生をごちゃまぜにして「風立ちぬ」を作ったと、宮崎監督は明言しています。
 そのうちの一人は零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の設計主任として高名な堀越二郎技師です。旧家に生まれ育った主人公堀越少年の「美しい風のような飛行機を造る」という夢から、映画「風立ちぬ」は始まります。

 もう一人が文学者の堀辰雄です。その代表作『風立ちぬ』は、堀辰雄の実体験から生まれた小説。結核に冒された婚約者とそれに付き添う作家が高原のサナトリウムを舞台に、残されたわずかな時間を共に生きた美しくも悲しい恋愛小説です。この物語が映画「風立ちぬ」後半の骨格となっています。

 同時にもう一つ浮かんでくる小説が、堀辰雄最後の長編『菜穂子』です。
 映画「風立ちぬ」では、堀越二郎と結ばれる薄幸のヒロインの名をわざわざ菜穂子にしています。小説の菜穂子はサナトリウムを抜け出し、一人汽車で東京へ向かうのですが、映画の菜穂子も同様にサナトリウムを抜け出し、汽車で堀越二郎のいる名古屋に向かうのです。おそらく『風立ちぬ』だけでなく『菜穂子』も、映画「風立ちぬ」の重要なバックボーンを成しているのではないでしょうか。

 一方、映画「風立ちぬ」で描かれなかった「歴史」を補完する新潮文庫作品があります。ゼロ戦の完成をもって終った「風立ちぬ」。その後のゼロ戦の栄光と失墜を描いた『零式戦闘機』(吉村昭)がそれです。「風立ちぬ」では敢えて描かれなかったゼロ戦の意味、その与えた影響の大きさを知る上で、これ以上はない記録文学の大傑作です。

 もう1冊挙げておきたいのが、文豪トーマス・マンの代表作『魔の山』です。
 映画「風立ちぬ」は前半の堀越二郎の物語と後半の小説『風立ちぬ』の物語に大きく分けられます。本来まったく結びつくことのない二つの物語の間で、間奏のように「草軽ホテル」が登場します。堀越二郎と菜穂子が出会い(実は再会)、物語が後半の悲恋へと転換される場所がその高原のホテルでした。
 そしてそこにはカストルプと名乗る謎のドイツ人が滞在していました。『魔の山』の主人公にして造船技師の卵であるハンス・カストルプと同じ名前。しかも親しくなった二郎に「ここは魔の山です」と囁き、国際色豊かな草軽ホテルをダヴォスのサナトリウムに譬える。まるで後半は日本のサナトリウム文学になるよと宣言するかの如く。まあ、ここまでくると推測の域を出ませんが……。

 かように色んな読み方が出来る映画「風立ちぬ」。皆さんもぜひご覧になって、「あっ、ここはあの小説の……」と愉しんでみるのはいかがでしょう。


(K・Y)


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2013年08月20日   文庫セレクト
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