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凶行に及んだふたりの男と刑事・合田雄一郎

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 殺人――それは平凡な日常を切り裂く鋭利な凶器。高村薫氏の長篇『冷血』は、歯科医の父母のもと、豊かな感性を育んできた高梨歩が十三歳を迎えて微笑むシーンから始まります。しかし、私たちは気づいています、彼女の生がまもなく残酷に断ち切られてしまうことを。高梨一家四人をこの世から消滅させたのは、闇の求人サイトで知り合った、井上克美と戸田吉生。彼らは大量の証拠をばらまきながら逃走したために、あっけなく逮捕されます。本作のミステリーはまさにこの地点から始まるのです。彼らの犯行を前例や社会通念という鋳型に押し込もうとする人々。その中で、事案に深く関わる刑事・合田雄一郎だけは、ふたりを理解しようと手を差し伸べます。
 捜査員としては明らかに逸脱しているのですが、人間としての根源的な欲求から生じた感情なのでしょう。

『冷血』という世界で、ある時間を生きる。それは楽しみながら頁を繰るという読書経験とは異なります。しかし、続きが気になって、どうしても本を手放すことができない。そして下巻を閉じたとき、読者はきっと複雑な陰影を帯びた感情の波に襲われることでしょう。それこそが本作が傑作と称されている証だと、担当編集者である私は考えています。

 合田のことをさらに知りたくなった方は、『マークスの山』『照柿』『レディ・ジョーカー』をぜひ手に取ってください。新潮文庫では合田シリーズの完全版を揃えています。優秀でありながら異端、たまらなく魅力的なひとりの刑事と、さまざまな理由から罪を犯してしまった者たちとの、壮絶で胸を穿つドラマが、あなたを待っています。

親という難題を抱えたすべての人へ贈る、希望の物語。
謎の毒親 姫野カオルコ/著『謎の毒親』
 本書の文庫版あとがきに、こうあります。

 親というのは、ここに100人の子がいたとしたらその親全員が、子にとって「課題」だからです(死別離別含め)。課題には、すっとクリアできるものもあれば、やっかいなものもあります。

 これを読んで、深く納得し、腑に落ちるものがありました。親は「課題」――そして、課題を乗り越えられず、消化できず、苦しい気持ちが長年続いてしまうこともあるのだ、と。

 本書は、会社員の日比野光世が自らの少女時代を振り返り、両親の不可解な言動を「投稿」のかたちで記した〈相談小説〉です。
「毒親」という語は近年広く知られ、多く使われるようになりました。本書についてもタイトルを見て「ああ、よくある〈毒親モノ〉ね......」と思われた方もいるかと思います。もしくは「親を〈毒〉呼ばわりするなんて!」と眉をひそめた方もいるかもしれません。
 でも、光世の両親はとにかくすごいのです。私たちの理解や想像の範疇を軽々超えてゆきます。塩をかけたナメクジを大量に溜めておく母親、光世が「オムニバス映画」と口にしただけで激怒し、土下座を要求する父親。母は光世を「小児乳ガン」だ、と決めつけ、父は光世の頭皮から死人の臭いがすると言って顔をしかめます。光世はありもしない臭いをとるために一日に二回も髪を洗い、乾燥してフケが出てしまったほどです。

 すでに両親ともに他界している光世が、今でも忘れられない数々の出来事。あれは一体なんだったのだろう――。この難しい投稿に回答するのは、光世が大学時代に下宿していた家の近所にある古書店の店主夫婦たちです。光世と彼らのあたたかいやりとりを追っていくうちに、読んでいる私のなかにも存在する、親への「なぜ?」「どうして!」が、だんだんとほどけてゆくのを感じます。親との関係に悩んだことのある方すべてに読んでいただきたい一冊です。

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2018年11月15日   お知らせ / 今月の1冊
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