ゴッホにも影響を与え、北斎と並び日本を代表する絵師、歌川広重。「名所江戸百景」や「東海道五拾三次」の絵は、某お茶漬けの付録として見たことがある人も多いでしょう。
ただその人生は意外なほど知られていませんでした。そもそも、広重は武士の家の出で、侍から絵師にキャリアチェンジした人なのです。
もちろん江戸も今も、〈転職〉事情は甘くなく、最初はまったく売れない絵師でした。その広重が、どのようにブレイクし、なぜ「名所江戸百景」をライフワークとし、名実ともに日本美術史に名を刻印するまでになったのか。知られざる人生を生き生きと描く傑作です。新田次郎文学賞も受賞し、読み巧者を唸らせました。
さて、絵師になりたてのころ、人気を博していたのは葛飾北斎や歌川国貞でした。彼らの絵は発売と同時に飛ぶように売れ、売れることが地位を高め盤石にしていきます。いつの世も変わらないベストセラー作家の強さ。
それにひきかえ、広重の美人画や役者絵は、「色気がない」とか、「まるで似ていない」と酷評ばかりでした。今でいえば、星一つのレビューが、さらにマイナスの評価を生む最悪の循環。当然、絵は売れず、金もなく、鳴かず飛ばずの貧乏暮らしでしたが......。広重を支えたのは糟糠の妻、加代。世に認められず焦る広重をそばで見守り、夫の夢を信じていました。
追いつめられても、自分には絵を描くことしかないと切歯扼腕する広重は、ついにある色に出会います。それは、舶来の顔料「ベロ藍」。その藍色は、簡単に使いこなせる色ではありませんでしたが、しかし広重の胸は熱く高鳴ります。
――俺は描きたいんだ、江戸の空を、深くて艶やかなこの「青」で――。
無名の絵師が、やがて「東海道五拾三次」や「名所江戸百景」を描き、西洋画家たちを魅了する〈世界の広重〉になるまでを描く、意地と涙の物語です。
NHKBSプレミアム4KでTVドラマ化も決定。「広重」が面白い2024年の春です。