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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

「あの頃の未来」を創った男

 少年雑誌のグラビアといえば、今でこそアイドル写真ばかりですが、私たちが子供の頃は、多彩な内容にあふれていました。ウルトラマンの怪獣図鑑に始まって、世界の超常現象、最新科学、宇宙の仕組み、ロボットの最先端、国際情勢、スパイ映画……男の子の喜びそうなあらゆるテーマが詳細な図解入りで解説されていたものです。
 なかでも子供心に引きつけられたのは、「未来の世界」「21世紀の日本」といった企画でした。リニアモーターカー、弾丸列車、垂直離着陸飛行機、コンピューター制御の自動車、動く歩道、テレビ電話といった「夢の乗り物や道具」に心をときめかせたのは、きっと私だけではないはず。今の40前後の世代には、鮮やかな記憶として残っているのではないでしょうか。特に子供にとっては、それが「図解」というビジュアルで見せられたことが大きかったと思います。
 今ではもう忘れ去られていますが、実はこの「図解」という手法を編みだし、当時の子供文化の「型」を創ったのは、大伴昌司という一人の異才でした。
 大伴昌司は1936年(昭和11年)生まれ、慶応義塾大学文学部を卒業。ミステリ、SF、ホラーといったジャンルに造詣が深く、1960年代には「マンハント」「宝石」「SFマガジン」「ミステリマガジン」などで評論、小説、コラム等の書き手として活躍していました。ただ、「物書き」「ライター」といった言葉では括り切れないマルチなアイデアを持った人物だったようです。ひとことで言えば、「遊び心を持った見せ方」にこだわった人、というべきでしょうか。その才能が端的な形で出ているのが、1969年~71年頃、「少年マガジン」で企画した図解シリーズです。カネゴンやジャミラの内部図解なんて、考えてみれば嘘八百もいいところ。でも、それを大真面目にやってしまうところがミソなわけです。大いなる「遊び」なんですね。
 彼は1973年(昭和48年)、日本推理作家協会の新年パーティのさなかに倒れ、36歳という若さで急逝しますが、彼が編み出した手法は、その後もしばらくは少年誌の中に生き続けていたように思います。

 もちろん、私も大伴昌司という名前やその仕事の全貌を子供の頃に知っていたわけではありません。社会人なってから出会った『証言構成〈OH〉の肖像 大伴昌司とその時代』(竹内博編 飛鳥新社 1988年刊)という本によってです。おそらくもう絶版だと思いますが、本書は大伴昌司という一時代を画した表現者の実像を、交流のあった方々の証言によって浮かび上がらせたもので、私はこれを読んで初めて、自分が子供の頃に接していた「文化」の背景がわかったような気がしました。
 大伴昌司の死を報じた夕刊フジは、見出しに「“怪獣博士”36歳の死」などとうたっていますが、本書で紹介されている「少年マガジン」のグラビア企画を見ると、その幅の広さ、角度は目を見張るものがあります。「ブラックユーモア入門」「作詞入門」「ビートルズの遺書」「カー・デザイン」「世界のミニ国家」「サマー・スポーツ」「兵器博物館」「オーディオ入門」「アラブゲリラ」「20世紀の戦争」……。ありとあらゆる事象へのこの貪欲な好奇心。そして、それを加工して見せたいという表現欲。
 なかでも出色なのは、「情報社会 きみたちのあした」という一連の企画です。「情報社会の花形 電話」という企画では、ファクシミリ新聞、カード式電話、テレビ電話などの登場を予言し、「新しい生物の創造」では、DNAの仕組みを解説しながら、遺伝子組み替えや遺伝子治療の可能性にも言及しています。これらがほとんど実現されつつあることを考えると、そのイマジネーションや分析力に驚くばかりです。

 大伴昌司のことを思い出したのは、2月刊の1冊として、まさに「70年代的な遊び心」に満ちた本をお送りするからです。
 タイトルはずばり『二十年後―くらしの未来図―』(平尾俊郎著)。「あの頃の未来」ではなく、いまの時点で20年後の未来を予測してみよう。政治や経済といった大枠の話は「なんとか総研」に任せておけばいい。日々のくらしを取り巻くモノや技術がどう変わっていくかを、大胆に予測してみよう──そんな発想からの企画です。もちろん、ただの思いつきの「未来図」ではありません。最先端の研究や技術開発の成果を丹念に取材し、そこから組み立てた「未来図」です。
 トイレはこんなふうに進化する。お風呂はこんな具合、洗濯機は、テレビは、電話は、家は、下着は……と、ほんとはここで紹介したいほどですが、それは読んでいただいてのお楽しみ。大伴昌司のような詳細な図解入りではありませんが、とにかくワクワクすること請け合いです。「あの頃の未来」を思い出しながら、楽しんで読んでいただければと思います。
 他のラインナップもバラエティに富んだものが揃いました。
プーチン』(池田元博著)は、3月の選挙でおそらく再選されるであろうロシア大統領・プーチンの実像に迫ったものです。エリツィンの指名で突然、大統領の地位についた彼は、一見するとただの小役人のようにしか見えません。しかし、プーチンが就任してからのロシアは、経済は好調、外交も積極的で、国際的なプレゼンスが高まっています。KGBとの深い関係も取り沙汰される彼が、なぜこんなにうまく切り盛りできているのか。その謎に迫ります。ゴルバチョフ以降のロシア現代史もコンパクトに俯瞰されており、「現代ロシア入門」としても最適の本に仕上がりました。
関西赤貧古本道』(山本善行著)は、関西在住の“古本狂”が「いかにして掘り出し物を見つけるか」のワザを綴った、本好きにはこたえらえない一冊。その奮闘ぶりを楽しみながら、古本の奥深い世界をとくとご堪能ください。
 そして『ふたりで泊まるほんものの宿』(宮城谷昌光・聖枝著)は、日本の「ほんものの宿」を探しつづけてきた作家夫妻による、「究極のガイド」です。選び抜かれた宿の、もてなしの極意を味わっていただければと思います。

2004/02