新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

仕事の壁

 創刊の年からたまたま好スタートを切れたこともあって、今でもいろんな方から、「新潮新書は好調ですね」「もう左団扇だね」「酒が美味いでしょう」などと声をかけられます。中には「3年くらいは仕事しないで、遊んでてもいいんじゃないの」という、まことに有り難い言葉をくださる方もあるのですが(そんなことができたら、どんなに嬉しいことか!)、世の中それほど甘くはありません。『バカの壁』『死の壁』のベストセラーもまるでなかったかのように、編集部一同、必死になって働く毎日です。

 個人的には、むしろやればやるほど「本」という仕事の難しさを実感しています。編集者としては、自分たちが送り出す本は全て面白い、必ず読んでもらえるはずだ、と思って出版しているのですが、現実は厳しい。タイトルが悪かったのだろうか、コピーをもう少し工夫すべきだっただろうか――そう思い悩むことの繰り返しです。
 ときには自分のスキルや能力のなさを嘆きたくなるときもあります。風呂場で気がつくと、「オレはほんとにダメだなあ」などと声に出してしまい、家族にあきれられる始末。好きでやってる仕事ですが、毎日毎日、あちこちで壁にぶつかっています。

 まあそんなことは私にかぎった話ではなく、どんな仕事にも壁はつきものでしょう。私の場合、仕事で行き詰まったら、まったく違う業種の友人と酒を飲むことにしていますが、自分の仕事に情熱をもって取り組んでいる友人たちの話は、ガチガチになった脳味噌を柔らかく解きほぐしてくれますし、とても刺激になります。
 直接の友人でなくてもいい。自分と違う世界で仕事に励んでいる人たちの話は、不思議と心を奮い立たせてくれます。
 8月刊の『天職の見つけ方─親子で読む職業読本─』(キャリナビ編集部著)は、まさしくそんな「勇気をくれる言葉」に満ちた一冊です。さまざまな職業の19人の方々にインタビューしたものですが、その道のプロたちの言葉には、いずれもずしんとした重みがあります。
「魚が獲れなきゃ帰れません。獲れるまで精一杯頑張って、帰ってきます。そういう気持ちでいかないと魚は獲れませんし。結果出してなんぼ、魚とってなんぼですから」(45歳、漁船員)
「人間相手の仕事には、一つとして同じことの繰り返しはないんです」(31歳、看護師)
「職人って一生勉強です。職人として納得できたという仕事は今までないです。『すごくいいのができた』まずそう思った時点で職人としては終わりですよね」(33歳、大工)
「誰でもそんなに立派な人生が送れるわけじゃない。でも、困難に耐えて、苦しみながらも頑張って、一生懸命生きる。もがくしかない。逃げないで頑張って、困難に打ち克つことって大事なことだと思う」(36歳、国家公務員)

 中でも私は39歳のTVプロデューサーの一言には、ずいぶん救われる思いがしました。「今仕事をしていて楽しいことって、ほとんどないですね。地獄です。めちゃくちゃ大変。えらそうに言っているわけではなく、本当に大変です。仕事をしている人はみんなそうだと思うなぁ。壁を乗り越える前はベッドの中に入って三日くらいずっとここにいたいって思うくらい嫌です(笑)。本当に苦しいんだよ。(中略)究極は、楽しく生きるために仕事してるんですから。でも実は、そのことと仕事が大変だということとは矛盾してないんです。大変ですけど、壁を乗り越えるのが仕事だから、越えたら次の壁が見える」
 テレビの世界なら、おそらくプレッシャーも相当なものでしょう。その厳しさが滲み出ていますが、にもかかわらず壁を正面から乗り越えようという姿勢には頭が下がります。私など、まだまだ修行が足りません。

 仕事の壁といえば、3月に出した『40歳からの仕事術』(山本真司著)もお薦めの一冊です。「残り時間」が少なくなってきたミドルのために「自分を変える戦略」を説いた本ですが、自分の仕事のやり方にモヤモヤしたものを感じていた方は、かなり気持ちをスッキリ整理できるはず。問題点を抽出するに当たっての「仮説検証法」「尻から考える方法」など、ビジネスの現場で役に立つヒントも満載です。
 さらに、今月刊の『人事異動』(徳岡晃一郎著)にもご注目を。日本の会社組織では、なぜいつも納得いかない人事が多いのか。組織内に立ちはだかるさまざまな壁を鋭く分析しながら、本書はひとりひとりの社員が活き活きと仕事をするための「知識創造型人事」を提唱します。成果主義が単なる「結果主義」となり、かえって活力を削ぐなど問題点が浮き彫りになっている今だからこそ、すべての組織人にぜひ読んでいただきたいと思います。

2004/09