新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

新書の厚さ

 出版界の周辺をブラックユーモアたっぷりに描いた東野圭吾さんの短編集『超・殺人事件』(新潮文庫)の中に、「超長編小説殺人事件」という傑作があります。
 八百枚の渾身の長編を書き上げた推理作家に、編集者からこんな電話がかかってきます。
「先生、最近の話題作はどれもこれも弁当箱みたいに分厚い本です。原稿用紙千枚なんていうのはザラですよ。八百枚程度じゃ目立ちません。読者も単価と分量を気にしていますから、同じ二千円なら長い作品の方が得だと考えているのです。ここはひとつ、二千枚を目指しましょう」
 作家は不承不承ながら必死の思いで原稿を千枚水増しし、なんとか出版にこぎつけますが、全然売れない。後悔している作家に対して、編集者はさらに追い打ちをかけます。
「書き足していなければ、もっと売れなかったはずです。書店の新刊コーナーを見て下さい。二千枚を超える長編ばかりでしょう。もう千枚以下の本は平積みしてもらえないんですよ。最近は本が売れませんから、どの作家も目立とうと必死なんです。先生、すぐに次回作に取りかかりましょう。内容はともかく、枚数は決まっています。次は三千枚でお願いします」
 枚数競争が行き着いた先には、とんでもない結末が……という作品なのですが、これ以上はネタバレになりますのでやめておきましょう。オビに「日本推理作家協会、除名覚悟!」とあるように、これ以外も毒の効いた傑作揃いですので、ぜひ読んでみてください。

 もちろんこの話は小説ですし、実際にはこんなことはない(と思います)のですが、本一冊の分量というのはなかなか難しい問題です。
 お気づきのように、新潮新書は他社の新書と比べて、ページを抑え目にしています。それは新書の役割と特性(あるテーマについて廉価でコンパクトにまとまったものが読める、携帯性に優れている、など)を最大限に活かしたいと考えたからです。
 他の新書の中には、たとえばあえて厚みのある紙を使って、170ページ前後でも780円くらいの値段が付いているというのもあります。でもそれは上げ底のようなもので、いかがなものかという思いもありました。むしろ私たちは、背広の胸ポケットやハンドバッグに入れやすく、電車の中で片手で読めるような本を、それに見合った値段で作ろうと考えました。そのために薄くて開きやすい紙を独自に開発し、「200ページ前後で680円」を基本線としたわけです。
 むろんそれ以上に中身が大切なのは言うまでもありません。文字も大きくして読みやすくして、活字の組も比較的ゆったりしたものにしましたから、必然的に原稿の分量は少なくなります。これで中身が薄くなってしまっては元も子もない。だから、企画の焦点を絞り込み、冗漫さを排するという方針でやってきました。
 あくまで一般論でいえば、原稿というのはえてして長くなりがちです(このメルマガの原稿も、「長いですよー」と怒られることがしばしば。いかん、また一行余計なことを書いてしまった)。なるべく削り込んだ方が、シャープなものになります(小説は別として)。そのために、著者の方々に涙を呑んで削っていただいたりしながら、「コンパクトな新書」づくりに努力してきたつもりです。

 基本的にはそうした狙いは好意的に受け止めてもらっていると思うのですが、なかなか難しいと思うのは、分量についてはいろいろな声があるからです。
 先日もこんな意見を耳にしました。
「新潮新書はどれも面白いのだけど、テーマによってはもっと長く読みたいということがありますよ」
「単行本は高くてかさばるから、厚くなってもいいから同じ内容を新書の値段とサイズで出してくれないかなあ」
 実際、私自身が最近の他社の新書で一番面白く読んだ『言論統制』(中公新書、佐藤卓己著)も、「新書」の常識を超える一冊でした。437ページで980円という大著ですが、長さを感じさせない感服すべき作品で、この内容であればこの分量が必要なのも理解できます。しかし、原稿用紙に換算すればおそらく700枚に達するものですから、普通に考えれば単行本向きなのです。でも単行本であったら2000円を超えるでしょうし、私も手に取らなかったかもしれない……。多くの読者の目に触れることを優先すれば、確かに新書での出版という選択肢もありうるわけです。もともと中公新書にはかなり厚いものも出すという伝統はありますが、それにしてもある種の冒険だったと思います。
 新潮新書も基本線は「コンパクト」ですが、形に自縄自縛になっては本末転倒。時には分量を柔軟に考えることがあってもいいかもしれない。そんなことを考えさせられました。

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2004/10