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新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

思いつきと雑談

「新潮新書も、もう100冊超えたんですね。毎月毎月、いろんなテーマを揃えていくのはけっこうたいへんでしょう。どうやって企画を考えているんですか」
 先日、あるメディアの方と話をしていると、企画の立て方の話になりました。この手のご質問に対しては、私はいつもこう答えることにしています。「企画は雑談から生まれるんですよ」と。
 これは別に格好を付けたり、誇張しているのではなくて、ほんとにそうなのです。
 わが編集部では、全員が集まる会議は週に1回。そのうち毎月2回ほどが企画会議という形ですが、まあ会議といっても実態は雑談です。各編集者のプランを持ち寄るわけですが、他のメンバーはいわば一人の読者として、率直に感想を言い合います。議論をしているうちに、話があっちに行ったりこっちに行ったりすることもしばしば。
 ブレーンストーミングと称して、まったくの思いつきや企画の卵を持ち寄ることも定期的にやっています。今年の最初の会議では、私が正月休みに思いついたアイデアをいくつか提案したのですが、「それは実現できたら面白い!」という声もあれば、「そんなの誰が読むんですか」という身も蓋も無い意見も出て、みんな言いたい放題。

 雑談のいいところは、自分の思いつきを第三者的視点というフィルターにかけることができる、という点です。どんな仕事でも同じでしょうが、誰でも日常的に「企画の卵」を思いつきます。でもそのままでは、一般性があるのか、一人よがりのものなのか分からない。誰かと話をすると、どのぐらい共感してもらえるかが見えてきます。
 話をするうちに、「そのテーマだったら、この人が適任だよ」とか、「こういう角度も盛り込んだ方が面白いんじゃない」と、アイデアが形になっていく。「三人寄れば文殊の知恵」とはよく言ったもので、しょせん一人の頭で思いつくことは限られていますが、何人かで話をすると、一人一人の知恵が化学反応を起こして何かが生まれてくる。
 雑談ということでは会議はむしろ脇役かもしれません。わが編集部には真ん中に作業テーブルがありまして、そこでデータを見たり、他社の本を褒めたり貶したりしながら、日頃からワイワイやっています。ときには居酒屋に繰り出すこともありますが、そういうときに、「化学反応」が起こることも多い。日本の企業社会の「赤提灯文化」を悪く言う人がいますが、まあ会社や他人の悪口ばっかり言っているのではしょうがないですが、頭を柔らかくするという意味では、赤提灯での雑談も捨てたものではないと思います。

 著者との打ち合わせも、最初は思いつきと雑談から始まります。
 最近もこんなことがありました。休みの日にたまたま会社で本を読んでいたところ、その内容に「何を言ってるんだ。それは違うだろう」とフツフツと怒りが湧いてきて、「ああ、この気持ちを誰かに話したい!」と、そのテーマにふさわしい著者の方にメールしたところ、「じゃあ、会って話しましょうよ」ということになりました。
 喫茶店で会って、その本の話を皮切りに私の素朴な思いをぶつけると、「それならこういうことも書ける。これも書きたい」と話が広がり、数日後には素晴らしい構成案が送られてきました。
 きっかけは本を読んで腹が立ったことでしたし、こちらはボンヤリとしたボールを投げたに過ぎないのですが、会って雑談をするうちに化学反応を起こして企画の形になっていったわけですね。まさに編集者冥利に尽きるといいますか、私にとっては編集者という仕事の中でこれがいちばん楽しい瞬間です。もちろん執筆は著者の方にとってはたいへんな作業ですし、こちらも実際の本作りの段階になるとシンドイ部分もありますが、ゼロから企画が立ち上がる時のワクワクする感覚は何物にも替えがたいものがあります。

 新潮新書の各著作は、いずれも担当編集者がそれぞれの著者の方とそうしたプロセスを経て出来上がったものです。
 1月に刊行した『世間のウソ』(日垣隆著)でも、あとがきをご覧になると、担当編集者の思いつきからどんなふうに企画がスタートしたか、ちょっとだけ触れてあります。
 おかげさまで『世間のウソ』はたいへん好評で、発売直後から売り切れ店も出るほどの勢いです。すでに何度も刷りを重ねており、重版分が書店に積まれている頃だと思いますので、未読の方はぜひ手にとってみてください。日垣さんの文章は、「慢性的思考停止病」を予防するための特効薬です。大いに溜飲が下がりますし、ものを考える上で刺激を受けること間違いなし、です。

 では、今月刊の4点のご案内を――。
司法のしゃべりすぎ』(井上薫著)は、現役判事が現在の司法の問題点を鋭く突いた、まさに問題提起の書。「しゃべりすぎ」とは要は判決文の蛇足のことですが、その蛇足によって様々な弊害が生じていることを明らかにします。司法改革が進む昨今ですが、本書を読むと、その改革がいかにピント外れなものであるかも見えてきます。
薩摩の秘剣―野太刀自顕流―』(島津義秀著)は、薩摩藩に伝わる「もう一つのジゲンリュウ」について初めて書かれた本です。なぜ幕末に薩摩の下級武士たちが歴史を動かしたのか。その秘密が分かります。著者の島津さんは、「関が原の敵中突破」で有名な島津義弘公の直系の子孫でもあります。
世界が認めた和食の知恵―マクロビオティック物語―』(持田鋼一郎著)は、トム・クルーズやマドンナ、坂本龍一氏らも実践する「究極の食療法」の誕生秘話。ある明治の軍医をはじめとする三人の生涯には、驚かされることばかり。日本の伝統食が本来持っていた「知恵」が実感でき、日本人として元気が出てきます。
木に学ぶ』(早川謙之輔著)は、『木工のはなし』などで知られる当代随一の名匠が、人と木の歴史をたどりながら、木の文化について考えます。木は誰にとっても身近な素材ですが、プロの視点はかくも違うのかと感嘆させられながら、その深い世界を堪能できます。「木の文化」の底力を再発見できる一冊です。

2005/02