新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

禁煙顛末期

 突然ですが、2カ月前、ふいに思い立って煙草をやめました。
 喫煙者の肩身が狭くなっている昨今ですので、自分だけ戦列を離れるのはちょっと気が引けたのですが、自分の年齢と健康のことを考えると、そろそろ潮時かなと思えてきたのです。なにしろ23年にわたって、毎日3箱、多い時には5箱は吸うというヘビースモーカーでしたので、普通の喫煙者の倍は吸っているという実感がありました。ふと考えると、「もう一生分吸ったな」という気がしてきて、パタリとやめてしまったのです。

 しかし、じゃあそれで健康になったかというと、じつはそうでもありません。
 よく言われることですが、煙草をやめてから確実に太りました。ご飯が美味くなったから、などという理由ではありません。私は煙草を吸っている時でも、毎食おいしく食べておりましたので。
 理由は簡単。お酒を飲むときに、煙草を吸わない分、つまみをたくさん食べるようになってしまったからです。煙草は「間を取る」という効用があります。つい、その「間を取る」タイミングで手持ち無沙汰になり、目の前にあるものを食べてしまうのです。
 もう一つ、尾籠な話でまことに恐縮ですが、やめてから便秘気味になりました。
 私の場合、「朝の一服→即トイレ→毎朝快便」というのが長年の生活習慣になっていましたので、「朝の一服」がなくなったのは非常に痛い。どうにもスッキリしない毎日を送っています。
 肺ガンのリスクは減ったけれども、これで大腸ガンのリスクが高まるというのでは、まったくもって大笑いです。

  『生活習慣病に克つ新常識 まずは朝食を抜く!』(小山内博著)の小山内式を実践し、体重は75キロで安定、至って健康、のはずだったのですが、煙草をやめてから80キロの大台を突破。これではいけないとまた唐突に思い立ち、最近、万歩計を付けてウォーキングを始めました。
 といっても、ウォーキングと言えるのは週末だけ。通常のウィークデイは、意識して歩くようにはしていても、せいぜい1日7000歩程度にしかなりません。
 そういえば、初めて万歩計を付けて会社に行った時のこと。まったく外出していないのに、夕方、数値を見てみると、なんとその時点で1万歩を超えています。つい職場の後輩に、「見てくれよ。オレはこんなに社内調整で歩き回っているんだ」と自慢したところ、後輩からは冷たい一言。
 「そんなに歩いてるわけないでしょ。大方、貧乏ゆすりが全部カウントされているんじゃないですか」
 調べてみたら、おっしゃるとおりでした。

 まあ、そんなわけで、このところ健康と体重にジタバタする毎日であります。
 本当はこんなつまらないことは気にしないで、藤沢秀行さんのようにカッコよく生きたいのですが、私のような小心者はとてもあんなふうにはできません。
 4月に刊行した『野垂れ死に』(藤沢秀行著)を読むと、藤沢さんの破天荒な生き方にシビレます。天才棋士として勝負の世界の一線で活躍しながら、飲む、打つ、買うの放蕩三昧。ギャンブルで作った借金は億単位、正妻のほかに愛人2人、酒での乱行も数知れず。とっくに野垂れ死にしているはずが、3度のガンもみんな克服してしまう……。
 藤沢さんは書家としても著名ですが、その書も大ぶりで豪壮、独特の味があります。先ごろ80歳のお祝いを兼ねた書展が開催され、私も拝見したのですが、その存在感に圧倒されました。中でも惹き付けられたのは、こう書かれた書です。
「大丈夫 心配ない 死ぬまで生きる」
 何という潔さ。何という強さ。何という明るさ。

 藤沢さんの真似などできる訳もありませんが、せめて心意気だけはあやかりたい。煙草をやめて、健康志向に目覚めたからには、大いに楽しみながら肉体改造に励みたいと思います。
 大友克洋氏の『AKIRA』の名台詞、「俺達ァ健康優良不良少年だぜ」ではありませんが、当面の目標は「健康優良不良中年」。さあ、今日も歩くぞ。

2005/05