新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

広告の壁

 創刊して2年半になりますが、未だにいろんなことが試行錯誤の繰り返しです。中でもいちばん難しいと思うのが、本の宣伝、つまり新聞広告の作り方です。毎月毎月、どうすれば新刊の魅力を伝えることができるか、頭を悩ませ続けています。
 ご存じのように、1年間に刊行される本は膨大な数にのぼります。しかも毎年増え続けていて、2004年はなんと7万4587点(!)。1日に200点の新刊本が出ている計算です。当然ながら、放っておけばその中に埋もれてしまいますから、「こんな新刊を出しました」とご案内しなければなりません。雑誌であれば電車の車内吊り広告も活用しますが、本の場合は各社とも基本的には新聞の広告欄が中心になります。
 新聞広告は大きさや掲載面によっていくつか種類があって、いちばんお馴染みなのが、第1面の下3段分のスペース(「天声人語」などの下)を使ったもの。3段分を8分の1や6分の1に分割することから、「三八つ」とか「三六つ」と呼ばれています。そして新聞をめくって、中の面の下にあるのが5段分のスペースを使った広告。1ページ分を全部使うのが「全5段」、その半分が「半5段」です。さらに、日曜日の書評欄の下に「全7段」というスペースもあります。書籍の広告はだいたいこのどこかに掲載されます。
 もちろん、大きければ大きいほど値段は高い(全5段広告一つで、目の玉が飛び出るほどです)。出版社はそれぞれの宣伝費予算の枠内でやりくりしながら、その本に合わせて、どの新聞のどのスペースがよいかを決めていくわけです。

 新潮新書の場合、毎月18日前後の朝日新聞(「新潮45」の横のスペース)、22日前後の読売新聞、毎日新聞(「小説新潮」の横)、月末の日経新聞(単行本の横)に、その月の新刊広告を定期的に出しています。
 中でも一番大きなスペースが朝日新聞に載せる広告なのですが、この広告のスタイルを8月の新刊広告から変えてみました。それまでのスタイルが単行本の感じに近い作り方でしたので、より「新書らしい手軽さ」を表現できないかと考えてのことです。また、少しでも印象に残るようにと、8月刊では写真、9月刊ではイラストを使ってみました。
 ただ、こうした工夫がどれだけ効果があったかとなると、じつはよくわからないというのが正直なところ。最終的に出す完成形は一つしかありませんし、「別の案」を同じ条件で比較してみることなどできないわけですから。ともかく私たちとしては、宣伝コピーにせよ、ビジュアル・イメージにせよ、その時々の「最善手」を考え続けるしかないのです。
 企画を考えたり、著者と一緒に本を作り上げていく作業はまったく苦になりませんが、広告の表現には本当に頭を悩まします(ああ、また今月も白髪が増える)。たいていの方にとっては新聞広告など、ひとめ見て読み捨てるようなものでしょうが、あの広告の裏には我々の血と汗と涙の物語があるのです。たまにはそういう目で見てやってください。

 ところで、広告は直接の宣伝効果というだけでなく、その本のイメージをつくるという意味でも重要です。本は基本的には言葉と文章を運ぶメディアであり、それが肝心要であることは言うまでもありませんが、実際に読んでもらうためには、それ以外の要素も極めて大きい。カバーの装幀、手ざわり、重さ、紙の質、ページの開き具合、文字の大きさ・形、本文のデザイン、オビの雰囲気……。広告のイメージもここに含まれるでしょう。
 つまりこうした、言葉や文章以外の「外側」の要素が形作る「全体としての質感」が、その本の性格を決めるのです。
 考えてみれば、これは人間社会も同じこと。まったく見ず知らずの人と会って、その人が信用できるかどうか値踏みするとき、どこに注目するでしょうか。話し方、声、仕草、目つき、服装、身だしなみ……こうした「外側」の質感が、かなり大きな比重を占めるはずです。いや、恋愛を思い浮かべれば、人間の場合はむしろ「外側」のウエイトの方が大きいのかもしれません。「なんであんな男がいいんだ。あいつは顔がいいだけだろ」と失恋を嘆く声がなぜ多いのか。出会ったその瞬間、性格もわからないのに、なぜ「ひとめぼれ」してしまうのか――。「中身より見た目」と考えないと説明がつかないのです。

 今月刊の★『人は見た目が9割』(竹内一郎著)は、まさに人間がいかに「見た目」に左右されるかを説いた本です。ここで言う「見た目」とは、もちろん身体的特徴だけではありません。身だしなみ、仕草、表情、声の質、話し方のテンポを含めた、広い意味での「見た目」のことです。本書によれば、あるアメリカの心理学者が「人が他人から受け取る情報の割合」を調べたところ、「話す言葉の内容」は7%に過ぎなかったそうです。つまり9割以上は、「言葉の内容」以外の「見た目」関連。ほとんどの人が、じつは「人を見かけで判断」しているわけですね。
 言語以外を使ったコミュニケーションを「ノンバーバル(非言語)・コミュニケーション」と呼びますが、本書を読めば人間にとって「ノンバーバル・コミュニケーション」のウエイトがいかに大きいのかがよくわかります。
 著者の竹内氏は「さいふうめい」のペンネームで劇作家、マンガ原作家として活躍されている方です(少年マガジンの『哲也』の原作者です)。本書では演劇やマンガの視覚効果の例がふんだんに盛り込まれているだけでなく、「なぜモノクロのマンガ文化が日本で生まれたのか」といった日本文化や日本人のコミュニケーションを解くヒントも随所にあります。とても腑に落ちる本ですので、ぜひ読んでみてください。

 他のラインアップは次の3点です。
★『明治大正 翻訳ワンダーランド』(鴻巣友季子著)は、気鋭の翻訳家が明治大正期の先達たちの「荒業」に迫ります。『小公子』という名タイトルがいかにして生まれたか。黒岩涙香の大胆不敵な超訳ぶり。トルストイの『復活』を紹介した内田魯庵の、思わず笑ってしまうような気苦労……。読書の秋にぴったりの一冊をお楽しみください。
★『間違いだらけのアトピー治療』(竹原和彦著)は、アトピー性皮膚炎治療の第一人者として知られる専門医が、いまだにはびこる「間違った治療法」「誤解と偏見」を正します。医学的には平凡な慢性疾患であり、決して難病ではない。
正しい療法さえ続ければ必ず治る――アトピーで苦しんでいる方に、ぜひご一読いただきたいと思います。
★『図書館を使い倒す!―ネットではできない資料探しの「技」と「コツ」―』(千野信浩著)は、「週刊ダイヤモンド」の記者として取材に走り回る著者が、自らの「図書館使い倒し術」を大公開。「生きた資料」が眠る図書館は、使いようによっては優れたビジネスツールになります。豊富な体験に基づいたワザは必ずお役に立つはず。

2005/10