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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

変化の行き着く先

 先日、友人からこんな話を聞きました。20代の若い部下が取引先とこじれてしまった。どうにか修復はしたものの、もともとこじれるような相手ではない。不可解に思っていろいろ問いただしてみると、どうやらその部下は、その相手と電話で一度も話したことがなかった。つまり、仕事の依頼、打ち合わせなど、ずっとメールだけでやりとりしていたらしいのです。

 私たちが入社した頃は、「最近の若い奴はすぐ電話で済ませようとする。もっとちゃんと人に会いに行け」と叱られたものですが、最近はそれが「メールだけで済まさないで、ちゃんと電話もしろ」という時代なのですね。こうなりそうなことは漠然と予想はしていましたが、いざ自分の周りで実際に見聞きすると、時代の変化というものを改めて実感してしまいます。

 考えてみれば、この20年のオフィス環境の変化は凄まじいものがあります。私が入社したのは87年ですが、週刊誌の編集部でもようやくファックスが定着した頃でした。すぐ上の先輩たちから、「君たちは電話送稿がなくなっただけいいよ。あれはたいへんでねえ……」と苦労話を聞かされたものです。もちろん、まだワープロすら一般的でなく、原稿は手書き。でも2年後にはワープロを使うようになり、その2、3年後にはパソコン(PC98シリーズ)も買いました(ゲームとワープロにしか使いませんでしたが)。
 大急ぎで断っておくと、私はかなり機械が苦手な部類です。自慢ではありませんが、今でもブラインドタッチができません。だからたぶん、機器の導入は遅い方なのですが、それでも「ウインドウズ95」が出ればDOS/Vマシンに乗り換え、周りがメールを使い始めれば、「電話で済むのに、なんで字を打たなきゃいけないんだ!」と悪態をつきながらも渋々右へならえをしてきました。
 それが今では、パソコンは会社から一人一台あてがわれ、メールがなければ仕事にならないのが実情です。名刺にはメールアドレスが刷り込まれていますから、会ったことのある人からは急ぎの用事以外、電話はかかってこない。机の電話にかかってくるのは内線か、まったく知らない人がほとんど。インターネットが登場して以来、どこの職場も電話の音が減って静かになったのではないでしょうか。
 逆にその分、キーボードを打つ量はかなり増えました。原稿用紙に換算すれば相当な量の「文字」を、私たちは毎日「書いて」いるのです。しかも、こうした「文字」は10年後に残るかどうかすら定かでない。なにしろ昔、ワープロやPC98で書いていたものはもう手元に残っていませんし、記録媒体が進化すればするほど、記録が失われていくということになるでしょう。そもそも例えばこんな文章のような、ネット上のうたかたのような言葉を、「文字」と呼ぶべきなのかどうか……。

 こうした変化が悪いと言いたいのではありません。だいたい善し悪しを言ったところで、テクノロジーの変化の方向やスピードを変えられるわけではない。私たちの「文明のかたち」、日々の暮らしの在りようは、これまでもテクノロジーの変化に左右されて変わってきたし、これからもおそらくそれが続いていくだろうということです。
 例えば近代的な意味での新聞や出版も、「鉄道」というテクノロジーがあって初めて生まれ得たものです。東海道本線の全通が1889年(明治22年)、上野-青森間がその2年後に開通していますが、それとほぼ時を同じくして、出版界では博文館などの雑誌ブームが起きます。日本全国に新聞・雑誌が行き渡り、「近代国家」と「読書国民」が重なるように誕生していくのです。帝都東京への一極集中化と活字メディアの発展は不可分な関係にありました(永嶺重敏著『〈読書国民〉の誕生』日本エディタースクール出版部刊は、そのあたりを実証的に浮かび上がらせた好著です)。
 戦後、モータリゼーションが進み、高速道路網が整備されると、物流そのものが根本から変わりました。今ではスーパー、量販店、コンビニが日本中を覆い尽くし、日本全国どこでも買えないものはない。「たまごっち」の新作が出れば、九州の姪っ子のクラスでも大ブーム。なぜか伯父が東京の大型電器店を東奔西走(まあこの週末の私なのですが)なんてことも起きるわけです。
 そして、テクノロジーが生み出す社会の変化は、その時代に生きる人々の思考の枠組みも少しずつ変えていく。生物学的に変わらない以上、根っこのところの本質は変わらないと思いますが(しかし、戦後60年の身長の変化や若い人の顔かたちを見ると、生物学的にも変わっているような気も……)、こうした社会変化が「世代」を作っていくのだと思います。その意味では、世代間で思考の様式や文化が違うのは仕方のないことかもしれません。
 気がかりなのは、テクノロジーの変化のスピードに比例して、世代変化のサイクルが短くなっているように感じられることです。それは日本だけにとどまらない。世界中で共通する現象ではないでしょうか。

 今月刊の新潮新書を読むと、つくづくそんな気がしてきます。『「小皇帝」世代の中国』(青樹明子著)で描かれている「一人っ子」世代の中国の若者たちは、「中国人」というよりも、先進国病とでもいうべき病に冒された「得体の知れない人々」にほかなりません。現在の「新しい反日運動」の主役が彼らだとすれば、日中間に横たわっているのは、歴史解釈とか政治的問題というより、世代間のギャップなのではないかと思えてきます。
  『自爆テロリストの正体』(国末憲人著)が浮き彫りにするのは、「異議申し立て」の手段としてのテロではなく、カルトやマルチ商法に騙されるのと大差ない、迷える若者たちの姿です。彼らが身にまとっているのは、「イスラム的なるもののパッチワーク」であり、その意味ではこれも極めて現代的な病という感じがします。そして『東大法学部』(水木楊著)は、明治の草創期から今日に至るまで、まさに社会の変化に応じて、その役割がどう変わってきたかがコンパクトに俯瞰されていきます。当たり前のことですが、かつての帝大と現在の東大は、そこに通う学生の動機からしてもはや全く似て非なるものなのです。この3冊は期せずして、「若者」「教育」「世代」「社会変化」という共通の問いを投げかけています。
 そういえばもう一冊、『ろくろ首の首はなぜ伸びるのか―遊ぶ生物学への招待―』(武村政春著)も変化を扱った本です。いや、それを言うなら変化(へんか)じゃなくて、変化(へんげ)だろって――という見え見えのオチですみません。お後がよろしいようで。
 2006年もまた新潮新書をご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

2005/12