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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

いろんなたくらみ

 安易に一般化して語る人を見ると「薄っぺらい」と思ってしまいます。「ロックなんて音楽じゃない」「マンガはバカが読むもの」「お笑い番組はくだらないものばかり」等々。ロックもマンガもお笑い番組も大好きなので、とても腹が立ちます。
 ロックやマンガはある程度市民権を得た感じもしますが、「お笑い番組はくだらないものばかり」といった意見は今でもよく目にします。私は「くだらない番組」にこそテレビの真骨頂があると思っているので、そういう意見を見ると「薄っぺらい」と感じて反発してしまうのです。
 もちろん、つまらない番組はいっぱいあります。しかし、「くだらない番組」にも明らかに優劣があります。それは純文学でもドキュメンタリーでも同じこと。ジャンルに貴賤はなく、単にそのジャンルの中で、いいもの悪いものがあるだけだと考えています。
 この数年、テレビのお笑い番組の中で傑出したクオリティを保っているのは「ロンドンハーツ」と「アメトーーク!」ではないか、と思っていました。オリジナリティがあり、なおかつ見ていてストレスを感じないのです。
 12月の新刊『たくらむ技術』は、その2つの番組のプロデューサーである加地倫三さんの初の著書です。自身を「職人」と語る加地さんが「手の内」「脳の中」を惜しげもなく披露。普段気楽に見ている番組に、これほど周到な「たくらみ」があったとは!と驚かされます。番組がかなり際どい内容を扱いながらも、多くの支持を得ている理由もよくわかりました。
 数々の「たくらみ」には一般のビジネスマンにも応用可能なものが多く含まれています。「お笑い番組はくだらん」と思っている人にもぜひお勧めしたい一冊です。

 他の新刊3点もご紹介します。
卑弥呼は何を食べていたか』(廣野卓・著)は、タイトルがすべてを物語っています。古代の日本人はどのような食事をしていたのか、木簡などの資料を元に推理していきます。大エビ、アワビ、サザエ、蟹、鯛、鯖、鰺、松茸、焼肉、猪鍋、蒸し鶏、鮒寿司、チーズ……卑弥呼や天皇など支配層の食事は、想像以上に豪華だったようです。「オンザロックを味わった仁徳大王」「チーズ造りを命じた文武天皇」「グルメな長屋王」といった章タイトルを見るだけで楽しくなってきます。
アメリカが劣化した本当の理由』(コリンP.A.ジョーンズ・著)は、弁護士で同志社大学法科大学院教授でもある著者が、憲法や選挙制度など、アメリカの「基本設計部分」の問題点を厳しく指摘した一冊。日本国憲法のお手本ともなった合衆国憲法には民主主義という言葉も出てこなければ、投票権も幸福追求権も謳われていません。差別を撤廃してきたはずなのに、グアムなどの非州地域には上院の議席も大統領選の選挙人も割り当てられていません。一票の格差も日本の比ではありません。ついつい私たちはアメリカを「民主主義の先生」のように捉えがちですが、決してそうではないことがよくわかります。
国の死に方』(片山杜秀・著)は、いま最も注目される批評家による画期的な国家論。日本はどこで間違えたのか、歴史・思想史検証をもとに、現代の「この国のかたち」を浮き彫りにします。「リーダー不在、官僚組織の弊害、曖昧な責任の所在、出口のない不況、東北の苦境――政治は民衆に鬱積する不満を受けとめられず、天災や恐慌にもただ右往左往を繰り返す」……戦前のことを描写しているにもかかわらず、読者はまるで現在進行形の日本国のことであるように感じてしまうはずです。
 知的な「たくらみ」に満ちた一冊です。
 なお、この『国の死に方』は新潮新書のちょうど500点目でもあります。記念すべき500点目として、あえてこの重厚な作品を据えることにしたのは、編集部のたくらみでもあります。

2012/12