新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

歴史音痴

 数日前にテレビで米国の音楽プロデューサー、フィル・スペクターの裁判(殺人容疑)を紹介する番組を見ました。番組そのものはとても面白かったのですが、ひっかかったのはスペクターの肩書きが「ビートルズをプロデュースした男」となっていた点です。プロデューサーとして関わったのは一枚だけで、それもいわゆるプロデュースとはかなり違うものだったから、こういう表現はわかり易いかもしれないけれど、歴史的に見てどうなんだろう、と思いました。これしか仕事をしていないならともかく、もっと他に立派な業績が山ほどある人ですし。
 こういう歴史には必要以上にうるさいくせに、もっとちゃんとした歴史となるとまるで駄目です。正月には映画『レ・ミゼラブル』を見て感動したものの、「あれ? フランス革命が終わったあとは、フランスはどんな風になったんだっけ」とわからなくなって、家で慌てて調べてみる始末。結局自分が感動したのは、歌の上手さとか、群衆の迫力とかCGのすごさであって、ちょうど中学生がこの映画を見て感動するのと同じレベルなんじゃないか、と思いました。そんな輩でも感動できるのだから、本当によく出来た映画だとも言えますが。
 そういう人間にとって、本当にありがたい本が出ます。『日本人のための世界史入門』(小谷野敦・著)。新書1冊で3000年の歴史をわしづかみできる画期的な一冊です。あくまでも現代日本人にわかるように、という視点で書かれているので、古今の小説や映画などの名前も飛び出して、とても親しみやすい内容です。イメージとしては授業の面白い先生の講座を聴いているような感じでしょうか。ベストセラーになっている『世界史』(中公文庫)上下巻の3分の1の価格ですから、価格の意味でもありがたい本になっていると思います。

 2月新刊、他の3点をご紹介します。
ハダカの北朝鮮』(呉小元・著)は、日本で生れた後、北朝鮮に渡り、対韓国工作にもかかわっていた著者による、北朝鮮レポート。政治や軍の話はもちろんですが、「合コンはあるか?」「死生観は?」「セックスシンボルは?」といった卑俗な興味にも答えてくれる内容です。
専門書が伝えない がんと患者の物語』(中川恵一・著)は、とにかく読みやすいがん入門。すべてが物語仕立てになっているので、ドラマを見る感覚で自然とがんの知識が身についていきます。いざという時に慌てないために、読んでおいていただきたい一冊です。
老荘思想の心理学』(叢小榕・編著)は、道家思想を心理学という補助線を引くことで、現代人に親しみやすいものにするというコンセプトの入門書。「杞憂」「上善は水の如し」等、2000年前の教えが、意外なほど心理学と「相性」がいいことがわかります。

 身近な問題から国際問題、思想、歴史と、さまざまなタイプの知識が深まる4冊です。
 よろしくお願いいたします。

2013/02