新潮新書

長いタイトル

ポピュラーミュージックのタイトルには時々長いものがあります。その長さが何となく異様な感じとか特別な感じを醸し出します。
たとえば「いったい現実を把握している者はいるだろうか?」(シカゴ)。タイトルの長さに加えて「把握」なんていう曲のタイトルには似合わない感じの単語が入っていて、子供の頃、「何だかすごそう」と思ったことをおぼえています。もっとも、聴いてみると意外と呑気な曲調なのですが。
アルバムタイトルとしては「屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群」(デヴィッド・ボウイ)なんてのもありました。何言っているんだかさっぱりわかりませんが、とにかくすごそうではあります。ただ、この邦題はあまり使い勝手が良くないようで、今は「ジギー・スターダスト」として売られています。
3月の新刊『人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか』は、新潮新書史上最長のタイトルで、著者は人気ミステリ作家の森博嗣さん。タイトル通りに「ものの考え方」を示した一冊です。
当初、この本に書いてある「ものごとを考えるうえでは、具体的思考ではなく、抽象的思考を身につけたほうがいい」という指摘を目にした時には、ちょっとびっくりしました。
「えっ? ものごとって具体的に考えたほうがいいんじゃないの」
しかし読み進めるうちに、なるほどなるほどと頷くばかり。抽象的思考の重要さがどんどんわかってきます。極めて平易な文章で、思考の本質が語られており、読後には、脳がヴァージョンアップしたかのような爽快感が得られることを保証します。
他の新刊3冊もご紹介します。
『短歌のレシピ』(俵万智・著)は、一般の方が投稿された短歌に、添削を加えながら短歌づくりのコツを伝授するという趣向の短歌教室。著者が「かなり踏み込んで手の内を見せた」というだけあって、アドバイスはとても懇切丁寧で役に立つものばかりです。短歌を作る人の参考になるのはもちろんですが、日本語の面白さ、豊かさも味わえる内容になっています。
恐怖や驚愕と共に生物について深く考えさせられるのは、『本当は怖い動物の子育て』(竹内久美子・著)。パンダの育児放棄、ラッコのDV、サルの子殺し等々、一見「心温まらない子育ての光景」を紹介しつつ、なぜ彼らはそういう行動に出るのかを解き明かしていきます。そこから人間の子殺しや育児放棄等のメカニズムも見えてきます。「母の愛は無償」「人間は万物の霊長」なんていう勘違いは簡単に吹っ飛ぶことでしょう。
『医療にたかるな』(村上智彦・著)は、北海道夕張市で地域医療の最前線で闘い続けている医師からの熱いメッセージ……というと、よくある「ヒューマンドキュメント」みたいなものを連想されるかもしれませんが、まったく違います。冒頭で、あらゆる敵を叩くと宣言した著者は、本当にその言葉通り、地域住民、マスコミ、官僚等々、ありとあらゆる人たちのエゴや欺瞞を攻撃しています。思わず著者の身を案じるほどの過激さです。しかしこれはすべて患者や医療、ひいてはこの国全体について真剣に考えているからこそ。攻撃性とは裏腹に読後感は爽やかという異色の医療論になっています。
現実を把握するうえでも、これからを考えていくうえでも有益な新刊ばかりです。
今月もよろしくお願いします。
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