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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

「人類の文字」

 少し前に、電車で吊り革を握って立っていると、目の前に座っている女性が、急に手帳を開いて何かを猛スピードで書き始めました。つい目に入ってしまったのですが、書いているのは漢字のみで仮名は一切なし。それも4文字ずつ改行している。この人は中国人か、漢詩の詩人か。
 電車を降りてすぐに、そういえば、と思い当たることがあり、手元を見ると、答えがありました。その日、私は新潮社の手提げの紙袋を持っていました。この紙袋には、古今東西の26種類の文字がデザインされています。漢詩は、そこに書かれていたものだったのです。おそらく彼女は、目の前にある紙袋に書かれていた漢詩を見て、その正体が気になり、急いでメモをしたのでしょう。
 この紙袋のデザインは、新潮社本館ロビーの壁面彫刻「人類の文字」がもとになっています。つい最近、小学館のロビーの壁に書かれた漫画が話題になりましたが、「人類の文字」はまだ当分は壊される予定もなさそうなので、何かのご縁で来社された際にはご覧ください。

 9月の新刊4点をご紹介します。
国家の成熟』(榊原英資・著)は、元大蔵官僚の著者が、大きな構えで語る国家論。これからの日本は「成長」ではなく、「成熟」を目指すべきだ、という主張を精神論ではなく、さまざまなデータから実証的に示します。
イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(宮田律・著)は、刊行までの経緯がちょっと変わっています。もともとこの本は、『イスラムの人々はなぜ日本が好きなのか』というタイトルで、ある新聞社から今春刊行されるはずでした。ところが、刊行直前に起こったアルジェリアでのテロ事件の影響で刊行中止に。「世間の理解を得られない」という判断を会社上層部が下したそうです。
 言うまでもなくテロリストはイスラムの人の中のごく一部です。「ほとんどの人は、こちらが気恥ずかしくなるほど日本人のことを尊敬し、日本文化を愛してくれている。その実情を知ってほしい。テロがあるからこそ理解を深めるべきだ」というのが長年、イスラム研究に携わってきた著者の想いです。その通りだと思うので、新潮新書から刊行させていただくことにしました。
犯罪は予測できる』(小宮信夫・著)は、結果的にタイムリーなタイミングでの刊行になったと言えるかもしれません。このところ、子供が被害者になる事件の報道が続いています。犯罪学の専門家である著者は、世間一般で言われている防犯常識の誤解を、丁寧にかつ鋭くこの本で指摘しています。「真っ暗な夜道が危ないとは限らない」「防犯ブザーは役に立たない」等の指摘を見ると、そんなバカな、と思われるかもしれませんが、読めば必ず納得させられます。我が身と家族を守るためには必読の一冊です。
キレイゴトぬきの農業論』(久松達央・著)は、茨城県土浦市で農業を営む著者が、遠慮もタブーも一切抜きで書いた農業論。もともとは大学卒業後、メーカーで営業マンをやっていたという経験の持ち主だけあって、ビジネスマン的な視点も持ちつつきわめてロジカルに、農業や農家の問題点を語っています。「有機イコール美味・安全ではない」「農家は清貧な弱者ではない」等の指摘を見ると、これまたそんなバカな、と思われるかもしれませんが、やはり読んでいただければ完全に納得させられるはずです。農業はともかく、「美味しい野菜」には興味がある、という方も読んでいただければ、必ず目からウロコが何枚かは落ちると思います。

 実は「人類の文字」を見るには、新潮社までいらっしゃる必要はありません。新潮新書のカバーを外すと、そこに「人類の文字」をもとにしたデザインが現れます。もちろん新刊4点にもちゃんと載っています。
 今月も新潮新書をよろしくお願いします。

2013/09