新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

オワコンの話

 一時期、よく「オワコン」という言葉が使われていました。「おはこんばんちは」の略ではなくて、「終わったコンテンツ」の略。もともとはネット上の俗語で、アニメファンなどの間で使われていたそうです。それがもうちょっと意味が拡大していき、「テレビはオワコン」というようにも使われるようになりました。この場合の「終わった」は、「ブームが去った」「末期症状を呈している」とか、そういう意味でしょうか。
 私はこの言葉が当初からどうも嫌でした。ジョブズやザッカーバーグが「テレビは終わった」と言うのならば、まだいいでしょう。しかし、何も始めてもいない人が、よそのものを簡単に軽いノリで「終わった」と揶揄するのが、何となく気に入らなかったのです。仮に「終わり」が近づいているとしても、何かを始めることができて、盛り上げることができただけで、大したもんじゃないか。そう思うのです。
 このところあちこちで誰もが夢中で語っている『あまちゃん』は、ちょっと前まで完全に過去の遺物扱いされていた「NHK朝の連続テレビ小説」です。現在、テレビ界でトップクラスの人気を誇っているのは、「元・猿岩石」すなわち「元・あの人はいま……」の有吉弘行さんです。
 直接関係はないのですが、「紙の本」の、しかも「教養新書」なんてものを作っている者としては、嬉しいことです。

 8月の新刊4点をご紹介します。
人間の浅知恵』(徳岡孝夫・著)は、ジャーナリストにして、当代随一の名文家によるコラム集。「かくも人間的な独裁者」「中国4000年の詭弁」「文明の毒」等々、目次にならぶタイトルだけでも読みたくなるはず。橋下徹大阪市長についてのコラムのタイトルは「なに言うとんねん、このスカタン!」です。
プロの尼さん―落語家・まるこの仏道修行―』(露の団姫・著)は、プロの落語家にして、尼さんでもある著者(つゆのまるこ、と読みます)の一代記。女子高生の時に落語と仏教に出会い、その両方を生きる道としたなんて人は、多分著者くらいではないでしょうか。さすがにプロだけあって、その語り口は絶妙。笑いながら元気になってくるような読み物になっています。ちなみにご主人はクリスチャンだそうです。
社会脳とは何か』(千住淳・著)は、タイトルそのまま「社会脳」の入門書。人間関係や世間といった厄介な問題をヒトの脳はどう処理しているのか。ロンドン大学で脳の研究をしている著者が、基礎から最前線までをきわめてわかりやすく解説します。「他人の視線がなぜ気になるのか」「人の白目は何のためか」といった疑問への解説を読むと、目からウロコが落ちること間違いなし。
国語教科書の闇』(川島幸希・著)は、高校の国語教科書の巨大な謎に挑んだ一冊。その謎とは「なぜ『こころ』『羅生門』『舞姫』が、ほぼすべての教科書に採録されているのか?」というものです。「名作だからでしょ」というのは不正解。著者が調べていけばいくほど、意外な事実が明らかになっていきます。さながら探偵小説を読むように楽しめます。

『こころ』『羅生門』『舞姫』を持ち出すまでもなく、本の世界では大昔のものが今でも売れ続けています。魅力的なコンテンツというものは、相当しぶとく、そう簡単には終わらないのだなあと思います。

2013/08