新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

休刊の話

 9月、個人的にかなりショックなことがありました。長年愛読していた洋楽雑誌「クロスビート」が休刊になったのです。定期的に購読しはじめて多分10年は経っていたでしょう。コラムも含めて情報量が多く、同種の雑誌の中では一番好きだっただけに残念です(時おりムックなどは出すそうですが)。
 休刊の経緯は知りません。おそらく採算の問題なのでしょう。フリーペーパーやネットの影響で、情報誌全般が厳しいという話は耳にしていました。
 CD全般が売れなくなっているし、「洋楽不況」といった言葉もよく聞きます。ここでもネットの影響は少なからずあるのでしょう。
 ビジネス面以外でも、ネットによって音楽は大きな影響を受けています。
 昔は音楽を自分のものにするのには、一大決心が必要でした。2500円も払って買うLPが本当にいいものかどうかわからないのです。だからこそそのLPは何度も何度も聴いて、無理やりにでも気に入るようにしたものです。ユーチューブで大抵のものが試聴できる今とは、LP1枚に対する思い入れの度合いがまったく違います。その思い入れは勘違いかもしれないけれども、聞き手の熱量でもありました。老人扱いされるかもしれませんが、世間一般、特に若い人の音楽への熱が、ネット(無料化)によって、かえって失われてしまったような気がしています。
 10月の新刊、『「いいね!」が社会を破壊する』(楡周平・著)は、IT技術が私たちに与えている破壊的な影響についての考察です。バラ色の未来をもたらすかのように喧伝されたITが、どれだけ人々の雇用を奪い、社会に害悪をもたらしてきたか。ビジネス小説の第一人者が、時に冷徹に、時に激しく批判していきます。

 他の新刊3点もご紹介します。
カネ遣いという教養』(藤原敬之・著)は、世にも稀なる奇書、といってもいいでしょう。著者はかつてカリスマ・ファンドマネジャーとして億単位の金を動かしていた作家(小説を書くときのペンネームは波多野聖)です。そのカネの使い方はすさまじく、箸置きに20万円、オーディオに数千万円、という具合。しかし、その結果、手に入れたものは、教養としか言えぬものだった、と著者は言います。ついつい安物買いをしてしまう私には耳が痛く、しかしとても刺激的な一冊でした。
日本人には二種類いる―1960年の断層―』(岩村暢子・著)も刺激度では負けていません。世に「世代論」の類は多いけれども、この本はタイトル通り、日本人をたった2種類に分類してしまいます。「1960年以降生まれ」と「以前生まれ」です。両者がなぜ違うのか。どれほど違うのか。それについては実際に本書をお読みください。これまで見えてこなかった風景が目の前に広がるような日本論です。
歴史をつかむ技法』(山本博文・著)は、これぞ教養新書、という新書です。この一冊で、日本史の大きな流れも、歴史研究の最前線も、そして「歴史的思考力」も全部手に入れることができます。すでに読んだ社内の者からは「山川の教科書よりも、日本史の流れが頭に入った」という感想も出ていました。実際にその通りの出来栄えです。歴史音痴の私にとっても、本当にありがたい本です。

 編集部とは何の面識もない、ただの一読者でしたが、「クロスビート」の無念も勝手に背負い、当分は毎月新書をきちんと出し続けられるようにしようと改めて思いました。
 今月も新潮新書をよろしくお願いいたします。

2013/10