新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

圧力の話

「報道ステーション」のコメンテーターを「降板させられた」と、元官僚の古賀茂明さんが番組中に異例の抗議をした一件が大きなニュースになりました。古賀さんの話では、政府の圧力が原因だそうです。
 新書編集部の向かいの建物に編集部がある「週刊新潮」では、よく政治家、閣僚のスキャンダルを扱っており、辞任にまでつながることさえありますが、編集部に政府の圧力がかけられたという話はあまり聞きません。下手にそんなことをしたら「こんなことを言ってきやがった!」とさらに盛り上がること必至なので、あいつらには関わらないようにしよう、となっているのでしょうか。
 個人的な経験でいえば、政府なんかよりも厄介なのはカルト教団とか、特定の強い思想を持つ団体の方々による「抗議」という名の恫喝のように思います。政府の大物もしくはフィクサーの類が電話一本でマスコミを動かすといったストーリーに基づく陰謀論の類を目にすることがありますが、何となくそういうイメージの源泉には『俺の空』等の漫画があるような気もします。
 私自身は、古賀さんが元経産省というキャリアの割に、中東情勢や安保政策について、「報道番組」の中で堂々と語っていることには違和感がありました。どのくらい取材しているのかなあという疑問が拭えなかったのです。
 しかし今回の問題は、古賀さん自身が当事者ですから、ぜひとも「圧力」の証拠をオープンにして、世に問うてほしいと思います。もしも確たる証拠もなく「圧力」のせいだというのならば、あまり「報道」には関わらないほうがいいような気がします。
 ちなみに、降板などの時に、先方が「上の意向で……私は出ていただきたいのですが」と言った、というようなことはあまり証拠にならない気がします。往々にして人は自分の責任を軽減したいものですから、その場にいない人のせいにします。これは組織で働いた経験のある人なら誰でも思い当たることでしょう。

 ジャーナリストの池上彰さんが各方面から厚い信頼を得ているのは、「自分で調べたこと」「事実だと考えられること」を発信する、というスタンスにブレがないからではないでしょうか。思い込みで適当なことを言う池上さんの姿は想像できません。
 その池上さんが、日本国憲法全文にわかりやすい「超訳」を施して、解説をしたのが4月新刊の『超訳 日本国憲法』。
「公共の福祉」等、憲法以外ではお目にかからない言葉が池上訳によってどう変わったか。ぜひともご覧ください。憲法改正論議も高まる中、国民必読の一冊です。

 その他の新刊3点もご紹介します。

人間の愚かさについて』(曽野綾子・著)は、厳しさと温かさが混じり合った人間論。最近、一部で話題になった「アパルトヘイト問題」に関する見解も収録しています。これを読んでなお、著者を「差別主義者」などと批判する人は、文章の読解力に問題があるのだろうと思います。

俺の日本史』(小谷野敦・著)は、一昨年刊行して大きな話題になった『日本人のための世界史入門』の日本史版です。前作同様、著者は独自の見方や薀蓄を盛り込みながら、新書一冊で通史をやってしまうという難題を力技でクリアしています。散りばめられた毒に何度もニヤニヤさせられました。

テレビの秘密』(佐藤智恵・著)は、長年テレビ界で仕事をしてきたコンサルタントが、経営学的な視点も盛り込みながら書いたテレビ論。目次には「ヒトはなぜマツコデラックスを見てしまうのか」「なぜ『相棒』の杉下右京は恋をしないのか」等、興味深いタイトルが並んでいます。ビジネス書、マーケティング書としても読める内容なので、「テレビなんて」とバカにしている人こそ読むと発見があるかと思います。

 今月で新潮新書は創刊12周年を迎えました。
 これも読者の皆様方のおかげです。
 これからもよろしくお願いします。

2015/04