新潮新書

ジャーナリストの話

テレビやネットに登場する「ジャーナリスト」と称する人たちの中で、どの人を信用するか。
基準は人によってさまざまでしょうが、私自身は「現場取材経験」の有無を一つの基準にしています。この場合の現場取材経験というのは、単に被災地に出向いたとかそういうものではなくて、地味な聞き込みや「写真拾い(被害者や加害者の顔写真を探すこと)」といった仕事をイメージしています。ベテランになってからそういうことをする必要があるかどうかは別として、その種の経験があるかないかで、何かが違う気がするのです。
これはあくまでも私個人の勝手な基準に過ぎません。ただ、そういう経験がろくにない人が、ジャーナリストと自称して語っているのを見ると、何となく白けてしまうのです。
7月の新刊、『騙されてたまるか―調査報道の裏側―』(清水潔・著)は、桶川ストーカー殺人事件で警察よりも先に犯人を突き止め、また足利事件では冤罪の立証に貢献した清水記者による初の新書です。清水氏は警察等の公式発表を決して鵜呑みにせず、現場に出向きつづけます。その姿勢が、数々のスクープ報道を生んできました。
本書では、有名な2つの事件以外に、これまで書いてこなかった事件についての裏話が数多く書かれています。どのエピソードもまるでサスペンス小説を読むような展開で、読みはじめたら止まらないこと必至です。
何となく、私が上記のタイプの「ジャーナリスト」を信用しない理由もわかっていただけるのではないかと思います。
他の新刊4点をご紹介します。
『「昔はよかった」病』(パオロ・マッツァリーノ・著)は、私たち(特に中年以上の人)の常識を引っくり返す指摘満載の一冊。
「昔は安全だった」「今の若い人は礼儀を知らない」といった俗説を、具体的なデータ、事例をもとにメッタ斬りしていきます。今の日本は意外と住みやすいんだな、ということがわかり、読後、少し幸福感が増すかもしれません。
『患者さんに伝えたい医師の本心』(高本眞一・著)の著者は三井記念病院院長。長年、医者として患者を診てきた著者は、奥様のがんを契機に改めて「患者の気持ち」を深く考えるようになりました。そのうえで、医者が何を考えているかを静かな筆致で綴ります。
『段取りの“段”はどこの“段”?―住まいの語源楽―』(荒田雅之+大和ハウス工業総合技術研究所・著)は、住まいや建築に関連した日本語にまつわる薀蓄集。「段取り」だけでなく「几帳面」「埒(らち)があかない」「筋金入り」等々、普段は意識していませんが、建築関連の日本語は驚くほどあります。この1冊で仕入れたネタを持って、他人の家にお邪魔すれば、感心されること間違いなしです。やりすぎると気味悪がられるでしょうが。
『いいエリート、わるいエリート』(山口真由・著)の著者は、テレビなどでもお馴染み、「筋金入り」のエリートです。東大法学部を首席で卒業後、財務省に入り、その後弁護士となり、今年からハーバードへ留学……そのキャリアだけを見ると、遠い世界の人のようですが、本書を読むと、その苦闘ぶりに共感を覚えるのではないでしょうか。勉強しすぎで幻聴に悩まされた、といった驚愕のエピソードが披露されています。著者が見てきた「エリート」たちの実像にも驚かされることでしょう。
『騙されてたまるか』を読むと、このところデスクワーク中心でフットワークが重くなってしまっていることに反省させられるのですが、机に置かれる「ハンコを押すべき書類」は増える一方で、何となく『隠蔽捜査』の竜崎署長みたいになってきました。現場がどうこうと他人様のことをどうこう言えないなあとも思います。
今月も新潮新書をよろしくお願いします。
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