新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

物議を醸す話

 作家の百田尚樹さんが、自民党の勉強会で沖縄の新聞を批判した一件はニュースとして大きく扱われました。百田さんの人気や影響力のあらわれと見ることもできるのでしょうが、テレビや大新聞が一作家の発言を攻撃する様は、私には異様に思えました。
 権力を行使できる国会議員が「あそこを潰せ」と指令を出したというのならば問題でしょうが、作家が私的な見解として言ったことに対して、マスコミが「問題だ」と糾弾するのは、言論の自由の否定につながりかねません。しょっちゅう「○○新書、消えればいいのに」といったことを口にしている私にとっても切実な問題です。
 そもそも作家、もしくは出版社は世間の常識とは別のこと、非常識なこと、とんでもないことを世の中に出すのが仕事の何割かであるはずです。
「親を大切に」「世界平和」「信号を守ろう」なんて常識的なことばかり文字にするのならば、資源のムダです。
 とかく炎上を怖れる昨今、「物議を醸す」という言葉はネガティブに使われることが多いような気がしますが、私たちは「物議を醸す」ために仕事をしているという面があると思っています。
 
 8月の新刊『大放言』は、その百田さんの初の新書です。しかも全編書下ろしです。
 自民党勉強会問題など、過去の「炎上」発言についての経緯、裏話などをまとめた「我が炎上史」の他、バカな若者、無能な政治家、おかしなマスコミ等々、あらゆる対象をメッタ斬り。シリアスな意見から、思わず笑ってしまう指摘まで、タブー知らずの240頁です。ファンはもちろんのこと、百田さんの「問題発言」に眉をひそめたような方にこそ読んでいただきたいと思います。

 他の新刊3点もご紹介します。
 
がんとの賢い闘い方―「近藤誠理論」徹底批判―』(大場 大・著)も、物議を醸す一冊かもしれません。数々のベストセラーを出し、「がんもどき理論」で知られる近藤誠医師を冷静かつ医学的に批判をしています。「がんは放置せよ」といった近藤氏の主張のどこがおかしいか。ここまできちんと検証して批判した本はこれまでになかったと思います。批判だけではなく、最新の「正しい医学知識」も書かれているので、患者さんや家族の必読書です。
ケンブリッジ数学史探偵』(北川智子・著)は、2012年のベストセラー『ハーバード白熱日本史教室』の著者による新たな挑戦の記録。今回の舞台はケンブリッジ。17世紀の数学史が主なテーマ、というと何だか難しそうに思われるかもしれませんが、そこはハーバードの学生に日本史を面白く伝えた北川さんだけに、素人にもわかるように「知の生まれる瞬間」を活き活きと教えてくれます。
戦犯を救え―BC級「横浜裁判」秘録―』(清永 聡・著)は、「BC級裁判」における横浜の弁護士たちの知られざる活躍を描いたノンフィクション。東京の弁護士会が依頼を引き受けずに逃げてしまったので、仕方なく戦犯たちの弁護を引き受けた弁護士たちの孤軍奮闘ぶりは感動的です。まだご存命の「元被告」たちの貴重な証言も収録されており、読み応え十分です。
 
 これからもどんどん物議を醸していきたいと思っています。
 今月も新潮新書をよろしくお願いします。

2015/08