新潮新書

ワンフレーズの話

作家や評論家といった方々の中には、古典や名作のワンフレーズをたくさん覚えている方がいます。文章の中に、「デカルトいわく『○○○~』」などとさりげなく書いてあると、「やはりこの人は教養があるなあ」とこちらは感心してしまうわけです。
編集長という仕事をしていながら、私にはこういう能力、記憶力がありません。百人一首ですらほとんど忘れてしまっています。むろん、古今の名作から自在に素敵な文章を惹いてくることもできません。
その分の脳の容量はどこへ行ったのか。どうもそれは音楽の曲名とか歌詞のワンフレーズを記憶することに費やされてしまった気がします。
このところ、頭の中に何度も浮かぶ曲は、ザ・タイムというバンドの「ドナルド・トランプ(ブラックヴァージョン)」というバラードでした。これは明らかに最近ニュースでよく見る、ドナルド・トランプ氏と先月刊行された『プリンス論』の両方からの影響です(ザ・タイムはプリンス・ファミリーのバンド)。別にそんなに有名な曲でもないのですが、こういうことは本当によく憶えています。
こんな風に昔の曲が急に頭に浮かぶことは多いものの、それで誰かに感心してもらえることはほとんどありません。
10月の新刊の目次から印象的なフレーズをご紹介していきます(『被差別のグルメ』のみ本文から)。
「医療の『進歩』が距離を作る」
「『本当のこと』は取扱い注意である」
――『医者と患者のコミュニケーション論』(里見清一・著)より。
「困ったことに老人の頭は若い」
「楽な人生を送ると長生きをする」
――『いつまでも若いと思うなよ』(橋本治・著)より。
「本当の『ソウルフード』とは、簡単にいえば、人から『差別される料理』のことである」
――『被差別のグルメ』(上原善広・著)より。
「『がまん』できない社会が人間を破壊する」
「貿易も戦争も国力の発動である」
――『さらば、資本主義』(佐伯啓思・著)より。
ご紹介した文章に少しでもひっかかったら、現物を書店で開いてみてください。
今月も新潮新書をよろしくお願いします。
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