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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

清原選手の話

 清原選手(本当は容疑者もしくは元選手なんでしょうが、こう書いておきます)の逮捕については膨大な情報と意見が世の中に溢れました。その中でわりと聞いたのが「子どもに夢を与える立場だったのに!」という怒りのコメントです。
 そうか、ああいう人を見て夢をもらう人もいるのだなあ、と思いました。
 もしも同じ少年野球チームで近い年齢にあんな天才がいたら、夢よりも絶望を与えてもらっていただろうと思うのです。実際には私は彼と同い年なので、甲子園で大活躍している頃、こっちはタダの高校生なわけで、その段階で憧れていたら完全なバカですが、そうでなくてもっと年が離れていても、「ああはなれない」と考えたような気がします。
 すごい人やものを見て、「よし俺も!」と思うのか、「いや俺は......」と思うか。このあたりは人によってずいぶん違うのでしょう。
 彼が甲子園で大スターになっている頃、私は部屋で受験勉強ばかりしていました。大抵、ラジオを聴きながらで、流れて来る声の中には、五木寛之さんの声もありました。「五木寛之の夜」というその番組で何を語られていたのかは、ほとんど憶えていないのですが、ただ五木さんの声のトーンがとても夜に合っていたことだけは印象に残っています。
 
 3月新刊の『はじめての親鸞』は、「語り手」としての五木寛之さんの魅力が堪能できる入門書です。この本は、実際に聴衆を前にした講座をもとにしているため、目の前で五木さんが語りかけてくれているような気分になれます。
 親鸞という巨大な思想家が身近に感じられるようになることを保証いたします。

 他の3点もご紹介します。

フジテレビはなぜ凋落したのか』(吉野嘉高・著)は、苦境が伝えられる同局に何があったのか、元社員で、情報番組などのプロデューサーをつとめた著者が歴史を辿りながら、その原因に迫ります。
 ネットなどでよく見る、単純なフジテレビ・バッシングではなく、歴史などを押さえながら冷静かつ愛情のこもった分析になっています。
 読みながら、他人事ではないと背筋が伸びる思いでした。
日本語通』(山口謠司・著)は、日本語についての薀蓄が「これでもか!」とばかりに詰まった1冊。「藤原不比等」は、当時は「プディパラのプピチョ」と発音されていた!、川端康成は「ら抜き言葉」を使っていた!! 等々、他人に披露したくなる話が満載です。
いい子に育てると犯罪者になります』(岡本茂樹・著)は、刑務所で更生教育に携わってきた著者による、渾身の教育論。もちろん「いい子」は結構なことなのですが、無理に「ききわけのいい素直な子」にすると、その反動が怖い、ということです。
 
 清原選手が更生できるのかどうかはわかりません。薬物の影響は怖いとも聞きます。しかし、やたらと元気そうなキース・リチャーズあたりを見ていると、可能性も無いわけではないだろう、などと夢想するのです。

2016/03