新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

大衆文化の話

 少し前にはポール・マッカートニーが来日し、最近はクイーンの映画が大ヒットし、と昔からのファンにとっては楽しい話題が続いています。ただ、昔を知る人間としてちょっと違和感を抱いてしまうのは、「みんなそんなに好きでしたっけ?」ということです。
 もちろんどちらもずっと人気はありました。しかしいわゆるインテリ受けは決して良くなかったのです。「ミュージックライフ」のようなタイプの音楽雑誌は両者にも優しい眼差しを送っていましたが、もう少し小難しいことが書いてある雑誌や評論家は基本的にこういう大衆受けのするロックには冷淡でした。代わりにもっと新しいもの、過激なもの、実験的なものを絶賛していたのです。70年代後半~80年代でいえば、明らかにパンク・ニューウェイブのほうが高く評価されていました。
 簡単にいえば、ポールもクイーンも賢い人にバカにされがちでした。
 一般受けするもの、わかりやすいもの、娯楽的要素が強いものを軽視する傾向はいまなお存在しています。小説などでも難解なものをやたらと誉める人がいます。
 でも実は、みんなわかりやすいもの、ポップなものが好きなのだ、ということをポールやクイーンの根強い人気は示しているのではないでしょうか。

 12月新刊『国家と教養』(藤原正彦・著)は、2005年に刊行され、270万部突破のベストセラーとなった『国家の品格』の続編的作品です。
 本書で藤原氏は、教養がなぜ必要なのかを丁寧に人類の歴史を踏まえながら説いていきます。国民に教養がないと、国家が滅びる、ということがよくわかります。読むと向学心がわいてきます。
 嬉しいのは「西洋の古典よりも日本の大衆文化を」といったメッセージも含まれている点でした。教養うんぬんというとどうしても「古典を読むべし」という話に落ちつきがちなのですが、藤原氏は「大衆文化は日本人の情緒や形を学ぶための最高の教材です」と述べ、マンガやアニメ、落語、講談、流行歌等々を侮ってはいけない、と説くのです。わかりやすいものをバカにしてはいけない、ということだと思います。

 他の新刊3点をご紹介します。

さよなら自己責任―生きづらさの処方箋―』(西きょうじ・著)は、どこかいまの生活で「居場所がない」と感じている人に特にお勧めしたい1冊。「こんな風になっているのは、私が悪いのだろうか」とぐるぐる考えて落ち込んでいる人が読むと、少し気が楽になるのではないでしょうか。

「あの世」と「この世」のあいだ―たましいのふるさとを探して―』(谷川ゆに・著)は、民俗学的なアプローチをもとに、日本各地の「生と死の境目」のような場所を巡る紀行。北海道、遠野、宮古島......それぞれの土地に死者とあの世についての不思議な言い伝えが残っています。霊がいるかとかいないかとか、そういうことは別としてこういう話を読むと、どこか心が落ち着く気がします。

心房細動のすべて―脳梗塞、認知症、心不全を招かないための12章―』(古川哲史・著)は、タイトルそのまま、「心房細動」が気になる人、患者、家族は必読の入門です。診察室では聞きづらいような基本的なことから最新の知見まで、丁寧に解説しています。

 大衆的なものをバカにする人は、そういう姿勢をカッコいいと思っているのでしょうが、実のところ大した信念があるわけではないから、時間が経つと変節しているのも珍しくないのです。ポールやクイーンの冷遇時代を知っていると、よくわかります。
 そういう人たちにバカにされるくらい、売れる本をどんどん作れればいいなあと夢想しています。

 12月も新潮新書をよろしくお願いします。
2018/12