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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

会ってみたい人の話

 先日、仕事関連のある会合というかパーティのようなものに出席したら、テレビでよく見る若手女優さんが出席していらっしゃいました。たまたまかなり近くに立つことになって、ドキドキしたのですが、まったく声をかけることはできませんでした。何を言っていいのか、わからないからです。
「いつも見ています」などと見知らぬおじさんに言われても、相手にはストレスでしかないだろう。「おきれいですね」などと感想を言われても、気持ち悪いだけだろう。結局、横目でお顔を拝見するだけで満足して帰りました。
「そういえば会って話したい芸能人っているだろうか」
 帰路、そんなことを考え始めました。結論としては、仕事をお願いしたい人、インタビューしてみたい人は何人もいるけれども、単に会って雑談したいとか友達になりたいなどという相手は一人もいない、ということでした。そういう相手とフランクに話せる器を持っていないのです。

 11月新刊の『眠れぬ夜のために―1967-2018 五百余の言葉―』の著者、五木寛之さんは、長いキャリアの中で実に様々な大物と対談をなさっています。私が凄いな、と思ったのは、ミック・ジャガーとの対談の中味でした。
 おそらく五木さんはそんなにローリング・ストーンズの音楽は好みではないでしょう。相手もそのへんは承知しているはず。それでも見事に面白い会話が成立しているのです。ステージセットのコンセプトについて、五木さんが「こういうことでしょう」と言うと、ミックが「その通り!」と我が意を得たりとばかりに反応する、という調子。大抵の音楽雑誌のインタビューよりも、ミックが乗っているのがよく伝わってきます。器の大きい相手と話すには、やはり器が必要なのだなあと感じます。
『眠れぬ夜のために』は、その五木さん初の箴言集。50年以上のキャリアの著作はもちろん、雑誌での対談などから、胸に刺さる言葉を厳選しました。どこから読んでも刺激的で、まさに夜、床で読むのにピッタリの内容です。

 他の3点もご紹介します。

決定版 日中戦争』(波多野澄雄戸部良一松元崇庄司潤一郎川島真・著)は、タイトルそのまま、これ1冊読むと日中戦争のすべてがわかります。「あの戦争」というとどうしても太平洋戦争のほうに頭が向かいがちで、日中戦争についてはよくわからない、という人は珍しくないと思います。現在、最高峰の歴史家が集結して、この戦争を多角的に分析した本格的で深く、なおかつ読みやすい入門書です。
指導者の条件』(黒井克行・著)は、スポーツ界の名監督、名コーチらを描いたノンフィクション。鉄拳タイプもいれば、言葉で説得タイプもいますが、どの人も異常な熱量で選手たちに向かい合っていることはよくわかります。故・星野仙一監督のワイルドすぎる鉄拳制裁のエピソードなどを読むと、昨今話題のパワハラと熱血指導の違いはどこなのだろうか、などということも考えさせられます。
イスラエルがすごい―マネーを呼ぶイノベーション大国―』(熊谷徹・著)は、日本人がほとんど知らないIT先進国としてのイスラエルを描いた衝撃の書。中国、ドイツはすでにそこに注目してイスラエルとの関係を深めていますが、日本だけは置き去り......というのが現状だそうです。同国の誇る軍事力がイノベーションの源となっているという事実には、いろいろ考えさせられます。

 作っている側の器は小さいですが、著者や本そのもののスケールは大きなものばかりです。
 11月も新潮新書をよろしくお願いします。
2018/11